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大田区蒲田における音楽人生劇場「神楽」

2024年07月21日 | カテゴリー: 山木康世 

「神楽」かぐらではなくこうらく。同じような名前の落語家の笑顔が浮かんでくる。植田画伯のアトリエが開放されていて、今は亡き画伯の、往時の仕事ぶりがうかがえる。若き日にパリで学んだようで、当時の周囲の知人らしき人との絵画も見ることができる。環状7号線、通称環七沿いにお住まいはあって、当時の風景も写真で見られる。画伯は書きかけのスケッチノートも残していて、ページを繰ることもできる。消ゴムで消そうと思えば消せる数点のスケッチ。何をか思わん心の素描。時代と共に人の心や価値観も変わり勝ちであるが、絵や音楽は変わらず時代の一風情や風景を残すことができる。時代のスクショとでも読んでも良い。2回目の訪問である。
かぐらではなくこうらくと詠んだアトリエから画伯の心の一点を読み解いてみる。画伯の絵の神様たちの楽しむアトリエ。こう読み解くと楽しく賑やかなアトリエが見えてくる。時空を越えて何か一筋に一生を、半生をかけることができるほど人間はバカで退屈な動物なのであるな。それを可能にする絵や音楽は魔法、中毒性のものなのだ。
帰り道東の夜空がピカッと光り、今後の天気を占う、足立の花火の開始を告げるかのような雷鳴の合図。花火は中止となって河川敷に何時間も前から集まった人たちの希望を裏切った。まさかの天の轟き。深夜には豪雨となり近所の川の危険水域を越えて避難勧告騒ぎ。大事には至らなかったが10年に一度の猛暑の舞台裏を覗き見た感じである。梅雨明けの号砲ラッパの雄叫び。
そう言えば夕刻の劇場で「花火」を歌った。飽きない歌であり、50年以上も前の札幌は平岸の東の6畳間の朝を思い出す。50年以上も前から我が脳みそに居座り続けている。
それでも太陽は東から出て西に沈む。

絵画に囲まれたステージは心も解き放たれる


飾られる絵画は時々入れ替えられている模様


ライブ前にはじっくり絵画鑑賞を


兵馬俑もライブに参加


お疲れさまでした! ライブ終了

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