荒川区泪橋交差点でLive Library
2025年07月27日 | カテゴリー: 山木康世
どうやら40度前後の異常な暑さのニュースは今日限りであるようで、中野サンプラザからの夜の風は昼間の異常な暑さを和らげる涼風のように感じた。
中野から車を走らせること30分、空に灰色の巨大なスカイツリーがそびえ立っているのを目の前にする。 昼間 近くで見ると 634m の高さはやはりでかい。 故郷の藻岩山531m より 100m も高いということがよくわかる。
今日はホワイトハウス?泪橋?という一回聞くと?で、しかし2回目には非常に印象深く脳裏に刻まれる荒川区は明治通り沿いの泪橋である。
ホワイトハウスも珍しいが泪橋という名前もありそうでない名前である。
汗をかこうと思ってもニュースなどで 今日の異常な暑さから身を守るために 冷房は1日中つけっぱなしにしましょうなどと言われ、不要不急の外出も控えましょうと言われるほどの行動制約の毎日である。しかし 暑い時には思いっきり 汗をかきたい。そんなこと 簡単そうでなかなか行かないのが現代のエアコン至上主義、エアコンも大事であろうが フランスなどでは限定されているという。確かに エアコンの室外機による気温上昇は環境破壊の確かな原因であろうと思われる。街の室外機の横を通ると異常な熱風による高温度を感じる。
中野から向かうと、台東区を過ぎて荒川区になる。 隅田川の花火大会が今夜行われるというニュースを向かう途中で知った。街は大勢のお客さんで盛り上がることだろう。 その影響か昼過ぎからの会場近くの駐車場が全て満車という予想しなかった事態が発生。付近の駐車場をくまなく20分ほどかけて探したか やっと1台見つかったという次第である。 多くが 5、6台の小さな 駐車場の点々とした町並みを車を走らせて探したがなかなか見つからなかった。 こんなことはあまり近頃見かけない光景である。 やはり 花火大会の影響であろうか。やっと1台空いている駐車場を見つけて時間にも余裕がないので滑り込みセーフという感じで停めた。しかしそこがどこであるかよく確かめなかったことが後々の悲劇の原因のようになった。
駐車場を出る時、かすかな不安があったが ナビが会場まで歩いて4分という短さの安心材料も手伝ってよく住所を確認しないで ホワイトハウス 泪橋へ向かってしまった。 空の向こうには巨大なスカイツリーがこっちを見ている。これも安心材料の一つだった。
30分ぐらいも遅れて会場入りし準備を始めた。 それなりに キャリアと実績でつつがなく終了した。 さて 駐車場へ車を取りに行こうと思ったが 記憶もかなりいい加減である。 5時から6時までの1時間ほども 駐車場探しが始まった。 日差しはまだまだたっぷり。 T シャツに汗が大量に吹き出る。 こんなこと本当に久しぶりのことだ。 喉が乾いて ペットボトルを一気に飲み干す。 発汗の作用の偉大なる効力を実感する。 汗をかくことは非常に大事なことで病気を防いだり心身ともにバランスのいい生活をさせてくれる特効薬であるという。 適度な汗をかくことは今時 難しいが目的のある駐車場探しということも手伝って大いに歩き回った。 1時間も探し回ったということは 4km ほど 、中野から新宿まで歩いたという計算であるがさすが普段は 電車や車で済ましてしまうので汗をかくということが少ない車社会の毎日である。
汗に良い汗と悪い汗があるようで是非良い汗をかくように心がけたい。 駐車場を探している時にはいつまで 探し続けたら見つかるのだろうという不安なざわつきがあったが見つかった時の喜びの叫び声は今でも忘れられない。 あったー。 これは車を見つけた喜びだけではなく 脳に刻まれた記憶をしっかりたどってやっと見つけたという達成感のような喜びであったよう。
思わぬ 花火大会の混雑を目の前に転がった予期せぬ悲劇のような喜劇のようだ。 日常で忘れている何かを思い出させた喜びを帰りの車の中で感じていた。
皆様 本日はお忙しい中 暑さの中 お出かけ いただき誠にありがとうございました 今月末には 初台 西新宿のアンサンブル 音でお待ちしております。 またお会いしましょう。

都内も気温35度が日常になりました。涼しい室内で熱いライブします

最近のライブではドブロ演奏アリですよ

なみだばしは地名です

青空に映えるスカイツリー

「会報が届いたらコメント書いてね」
東京都国立市スペースコウヨウたまらん坂に牛の谷保天満宮
2025年07月23日 | カテゴリー: 山木康世
今日7月22日は父親の誕生日である。昨年亡くなったテリー中本さんの誕生日でもある。国立市のスペースコウヨウでのライブは何回目であろうか。
ここに来る前に甲州街道沿いの谷保天満宮に立ち寄った。そして牛と一緒に写真を撮ったが、ここら辺の地名は元々は やほではなく やぼが正式名であったという。JR が走った時、駅名をやほにしたのでここも やほにしたという。 やぼで良かったのにね。
父は丑年であった。なんか奇遇である。ちなみに 谷保天満宮は東日本で一番古い天神様で亀戸天神 湯島天神と並んで 三大天神というらしい。
ここの会場は非常に使いやすく 窓からの見晴らしも良く壁に設置されたコンセントの数の多さには嬉しい悲鳴をあげる。昨今スマホ電気の時代、コンセントはいくらあっても足りないということはない。
ライブは父の誕生日ということで 父の関連する歌を意識して歌ってみた。山登り マイファーザーズファーム 父と母の蝦夷戯れ歌 父と母は恥じらいと誇りを持って 薪割りの歌などなど。
父が生まれたのは大正2年、もう1年早く生まれていたら 明治の男として生きられたのにと生前 よく言っていた。 明治 大正 昭和 激動の時間を過ごした父親たちの世代の人間たちの青春を思うと大変だったろうなあと思うと同時に一生懸命に生きたであろうということがまざまざと 思い起こされる。その頃は10年に1度 戦争の日本であった。 江戸の眠りから目を覚まし 国際社会の仲間入り。 何かと軋轢のあった国際情勢であったろう。 その子供たちである僕たちも 高齢者になって何かと騒がしいネット時代を生きている。情報の嘘か誠を見極めて前向きに明るく生きていこう。
明日は131号の会報瓦版花鰹を発送する。 予定通りつつがなく発送できることは 何よりである。
皆様毎度お騒がせしております。そして毎日ありがとうございます。暑さにぶっ倒れることなく、またおよろしく会いしましょう。

谷保天神にけやきホールコンサートの成功祈る

毎日暑いなぁ
柏市studioWUU「驚康」は何もドンキだけではない
2025年07月22日 | カテゴリー: 山木康世
今日は一段と暑さが厳しい。直接上空から体に突き刺さるような感じで朝早くから迫ってくる。風もないのが拍車をかける。
連休最後の海の日は、何かと海に四方を囲まれた島国に住む僕にとって、海は飛行機が登場するまで鉄壁の守りをしてくれたんだとつくずく思う。。
今日の柏はいつもの配信がなかった分、のびのびと出来たようだ。ふきのとう結成以来半世紀、一人になって33年の音楽生活で趣味のように自らの思考、理念の歌を作ってきた。ギターも必ず脇に控えていて、工夫を重ねてきたし重ねている。実に面白く今でも時間を忘れて音の響きや微かな一瞬の音魂を楽しんでいる。贅沢な時間を過ごすことの喜びは計り知れないしお客様には感謝の言葉しかない。何かをしようとする目的のある人生に終わりはない。
明日7月22日は父の誕生日、父もダリアづくりに励んでいた時間は誰にも分かりえない喜びや幸福感に満ちていたのだろう。空の太陽を見ながら、今日はやけに暑いなと黒い土に向かって94歳まで生きた。しかし病は静かに忍び寄ってきていて幸福の延長を許さなかった。
誰のためでもない、自分自らのために今を生きている。あまりにも情報過多に流されている現実の世の中、必要のないもの、見たくないもの、聞きたくないものにはふたをして関わらない方が身のためだ。
ソロになって一番変わったことは何かと聞かれたら、紙の世界からの卒業、デジタル機器のお陰で脳みそからこぼれ落ちた膨大な量の言葉の破片を保管、保存できたことだろう。旋律も同じように保管、保存できたこと。いわば限りある時間をそれまでの何倍も何倍も楽しんで遊ぶことができたということだろうか。
「拝啓こんにちは」は解散後2年の年に作っている。旧くて新しい歌、温故知新を感じる自分を奮い立たせてくれる歌だ。「羊飼いの恋」「秋の夜」「ご町内の皆様」
「春雷」における我が身でも予期せぬくっさみでびっくりなされたでしょう。「驚康」でした。ありがとうございました。

ありがとうございます。次回は12月の予定

お別れの会
2025年07月20日 | カテゴリー: スタッフ・ダイアリー
5月に永眠された元新譜ジャーナルの名物編集長 大越正実さんの「お別れの会」に参加してきました。
久しぶりにお会いした懐かしい方々と、故人を偲びました。
富澤一誠氏はAgeFreeMusic
2025年07月17日 | カテゴリー: 山木康世
Nac5AgeFreeMusicは長きにわたり847回を数えるという。そのうち僕は光栄なことに7回登場していた。
パーナリティは富澤一誠氏である。一誠氏との間柄は長く、最初に会ったのはふきのとうデビュー直後、六本木飯倉片町スペイン村にあった才谷音楽出版の事務所である。
ドアより登場の一誠氏、黒いサングラスに長髪、アタッシュケースを片手に毛皮のロングコート、黒のロングブーツで現れた。スターのようであった。方やふきのとうは田舎から出てきて日が浅い。蛇に飲まれる蛙状態でアッハッハー。
その後何度もお世話になった。周りにはライター、評論家、カメラマンなど同世代の音楽関係者が大勢いて世の中の一役を担っていた。ツアー同行取材なども行われ雑誌にも多くお世話になった。しかしいつしか世の中も変わっていなくなった人もいる。
そんな中いつものスタイルでひょうひょうとAgeFreeMyusicを発展させている一誠氏は頼もしき発信者である。
昨日は本番収録後、美味い居酒屋で短い時間ではあったが杯を交わした。
まだまだ現役元気で駆け抜けましょう一誠さん、良いお名前だ。僕の周りに「一」のつくおやじたちが多数いる。何かの引き合わせかもしれない。
ありがとうございました。

有楽町のスタジオで収録

富澤さん、9月4日お待ちしています
さいたま市浦和区アトリエMで暑気払い
2025年07月16日 | カテゴリー: 山木康世
今時は小暑。梅雨が明けて夏本番。小暑と大暑の間を暑気という。暑中見舞いを出す時期である。そして77候では蓮始開はすはじめてひらく。深夜蓮の花が人知れず開花する時期とある。
♪星のきらめく夜空 白い鶴が飛んでいる ハスの赤い花が咲く 夜の魚がはねる 水の底に映った月♪
6月22日夏至も過ぎて12月22日の冬至へと向かって昼間がどんどん短くなる、しかし気温の方はグングン上昇、特に埼玉県は温熱地獄、東京で暖められた気温が上昇、そして下降。埼玉県辺りに降り注ぎ猛暑酷暑などと呼ばれる夏となる。そのうえ今日は台風の余波か時折大粒の雨がヴィスタのフロントガラスに音を立て通過し会話もままならずワイパー全開である。
何度もアトリエMには足を運んでいるのだが、どの道から侵入してくるかでガラリと周囲の風景が変わって見えて、突然目の前に現れて脳みそが付いていけず、なんとなく予想していたお店の前の光景にぶち当たったりする。戸惑いの極みである。今日がその日で突然予期せぬ見慣れた風景、アトリエMが現れる。キツネにつままれた感じである。
予想出来そうで出来ない脳みその混乱、僕の内部で普段味わえないスリル、興奮、緊張、弛緩が瞬時に襲ってきてミッションインポッシブル、トム・クルーズである。
「拝啓こんにちは」は解散直後の94年に作った歌で今日のいち推しだった。
♪拝啓こんにちはお元気ですか 随分会ってない会いたいよ いつだろうか最後に会ったのは 思い出せなくて淋しいよ♪
その頃20代30代40代とふきのとう生活で目まぐるしく駆け抜けた青春と呼べる時代を終えてホッと一息、久しぶりの自分との再会、そんな味わいを歌ってみたくて作った歌だ。もう戻らないあの時代。
そんな折、夜に一報が入った。東京から札幌へ居を移した30代春夏秋冬を大いに駆り立ててくれた自由国民社の大越氏が5月に亡くなっていた。知らなくてすまない。
そう言えば最後に歌おうと用意していた「秋の夜」なぜか歌わなかった。
皆さんお忙しい真夏にありがとうございました。
来る21日海の日祝日は柏市studioWUUです。どうぞ泳いで遊びに来てください。

ほっと落ち着く空間

外の風雨の音も気になりません

Tシャツの新作、よろしくお願いします
池袋ムーブメントスタジオ騒音も台風予報も何のその
2025年07月15日 | カテゴリー: 山木康世
もう何度になるだろう。なんと環境の宜しい平和で穏やかな男と女の街でのyamakingsongs。池袋西口界隈の昼時には腹を満たすための店がひしめいていて、石を投げればどこかに当たるほどだ。今日は中華の店でエネルギーを補充。まだ目覚めていない心身が瑞々しさで満たされる。青椒肉絲、麻婆茄子の余韻は4時間十分だ。
表の道路工事の騒音が気にかかる。電気ドリルの断続音は本番まで続くのだろうか。
ムーブメントスタジオは嬉しいことに少しずつ室内環境が良くなっている。観客席、天井の照明器具、普段の盛況ぶりがうかがえる。決して新しくてきれいだとは言い難いが使いやすさの向上に気分も軽くなる。
新曲「早起きのブルース」「朝焼けのセスナ」「ヒーイズフィッシャーマン」お久の「狸小路ワルツ」「Mr.Bass Man」などなど、あまりふきのとう時代作品は顔を出さなかった。締めは「秋の夜」
近頃過熱気味の気象状況予測、不急不測の外出は控えなさいってか。2時間の熱演が終わって外に出ると工事も終わり青空が見え隠れ、雨など一滴も降っていない。風も穏やかだ。確か台風接近情報、どこ吹く風だ。
本番が終わったら騒音もピタリと止んでいたんだよ。
皆さんお忙しいなかありがとうございました。いつになく良いLiveLibraryでホッとして山手通りを間違えることもなく帰宅、中野へと急いだ。
明日のあとりえMに思いを馳せて幸福を託そう。会報131号の最終蔵出しも鋭意準備しよう。
8月のラッキーデー8月22日は札幌CubeGardenへ
2025年07月14日 | カテゴリー: 山木倶楽部
来月の8月22日は、札幌LiveLibrayです。
札幌で作った沢山の歌たちを披露する予定です。
初夏~ 狸小路ワルツ クリックして是非お聴きください。
天衣無縫CD発売記念コンサートで「雨ふり道玄坂」を披露してくれた 田高健太郎をゲストに迎えてます。
お待ちしております。
新潟県柏崎市福巌院ガタガタツアー最終日
2025年07月10日 | カテゴリー: 山木康世
柏崎は海沿いの街ということで猛暑という感じではなく、風が少し柔らかく涼風である。市内のお寺福巌院の方丈さんと9人でメンバー構成コカリナ演奏がオープニングである。素朴なメロディーに乗せてコカリナの素朴な音が心地よく響き渡る。
30体ほどもあろうか、金色の観音様に見守られての2時間のステージ、お集まりの皆様のご期待に答えられたかどうか。
ステージの壁の上に掲げられたスピーカーの名器「ヤマハNS10」の勇姿が昭和という世代の人間模様を物語る。
今が旬のナスが打ち上げで出てきた。その中でも十全ナスがうまい。新潟の特産十全ナスの塩漬けである。子供の頃弁当のおかずとしてピカイチであったナスの塩漬け。それに刻んだソーセージ入りの卵焼き、揚げ物があれば 高級弁当だった。3つの味が口の中で1つになって絶妙な味わいを醸し出す。
味の好みは幼い頃に馴染んだ味が決めるようである。それはおそらく母親の作った料理の味が長年にわたって自分の体内に留まっていて、ある意味愁いの味なのである。
僕のライブにはナスの漬物のような憂いのある味わいがあってほしいものである。
何かにつけてご尽力くださったM氏、並びに関係者の皆様に大いなる感謝をいたします。

お世話になったMさんと
新潟県新発田市/SHOWBEN-小僧は尿もれ頻尿どこ吹く風やら
2025年07月09日 | カテゴリー: 山木康世
いよいよツアーも中日、福島県から山形県へ、そして神戸ではなく新潟県、日本海の新発田を一路目指す。
阿賀野川を見ながら鮮やかな緑が目に染む懐かしい田園風景が続く。いい加減にしてほしい国の米騒動を日本有数な穀倉地帯であるここら辺の従事者は如何に感じてきたことだろう。
世界中がコロナで揺れた5年間、あれ以来であろうか。長くて遠かった新発田の町。江戸時代すでに10万石の町であったので今の10万人は人口の面ではさほど変わらない町だったのか。以前伺ったよりも郊外にたくさんのお店ができていた。
店の前小さな緑、小便小僧は今日も一人、尿もれ頻尿の言葉どこ吹く風、酷暑猛暑の風の中木陰で小便をしている。お店の名前の由来の小僧である。なかなか思いつかないユニークな名前である。マスターはお気の毒にもご病気をなされていたが大事に至らず何よりだった。この歳での5年は長く、何があってもおかしくない歳なんだなと痛感した。
ふきのとうのやまきというありがたくもあるが、たまには鬱陶しくなる過去。しかしその長い時間の中で作ってきた歌たちは今日も自分を援助してくれてエンジョイできた。互いの時空を超えてコミュニケーションができることは出来そうでできない素晴らしいことである。伊達に時間はあるわけではない。やはり有効に確実にコツコツと歩くことがゴールへと続く道なのであるな。
近頃、「雪の町へ」という歌がなぜかしみじみと心にしみてきて涙が出てくる。作ったころ感じなかった哀愁郷愁が勢い増して迫ってくる。それほど悲しい歌ではないのになぜか切なく追想され、時代のエレジーなのである。モクモクと煙を履いて黙々と走っていた汽車が電気で走るクリーンな電車に代わって「オーイ」と呼びかけたくなるような昭和がますます遠くなる一方である。
カラオケなどでの受け狙いの小賢しい歌いっぷりのあざとい気持ちを捨てて、純真で素直な子供の頃のような一心の心で過ごて行きたいものである。頭でっかちの妙なな唐変木にはなりたくはない。争いのない平和な世の中が一番である。
お忙しい中、皆様誠にありがとうございました。
新潟県内柏崎へ平穏一路目指したいと思います。
マスターどうぞお大事ご自愛ください。またお会いしましょうぞ。

久しぶりの新発田ライブ

海の中を思わせるblue

店前に立つ小便小僧