国立市はコクリツではなくクニタチ
2026年03月24日 | カテゴリー: 山木康世
拍子抜けするほどの中央道。本来高速道路は国道にない快適さで費用対効果があって利用するものである。それが特に休日祝日における中央道は渋滞の神様がいつ何時如意棒を持って立ちふさがるか分からず、いつも神経を使う。出かける前にラジオの道路情報は欠かせない。20キロに満たない国立までの距離。通常だと30分もあれば到着。しかしこんなスムーズな高速夢なのである。
テレビで渋滞の発生しない走り方というのを見た。
車間距離を40m保って皆が走れば渋滞は起きないというものだった。ならば距離センサーを車に仕込んで全員がそれに従って走れば良い。昨日の帰り道の中央道もスムーズだった。見たら自分も含めてかなりの車間を取っていた。40mくらいなのであろうか。まさかみんなが知っていて実践しているとは思えないが、確かに行きも帰りも高速道路然として空と同じような色の気持ちの良い一日だった。
「我が友よ」「ホーボーズララバイ」「キューポラの町」「小樽旅情」「木蓮の花」「ジャマイカの風」「チューリップの思い出」「ガンバレサニー」「文化的生活」「小さなライブハウス」最後は「白い冬」
流れが今日の中央道のようで実にスムーズだった。近頃は選曲はするものの順番は決めずに。そのときの会場や外の空気などを考慮して、その場で決めることが多い。一番は参加されてるお客さんの息遣いやお顔立ちの表情が反映されることが多い。
僕らはただ息をして生きているのではなく、言葉こそ出さないが何らかの意味を持って生きている。それが鼻や口から息となって出て、無意識にその場を作っているのである。理想としては穏やかな気持ちで聞いてほしいと思っている。よりよく届くためにと全神経を集めて、研ぎ澄ましての2時間。これは身体にとって本当に良い過ご方である。禅の教え、悟りの境地のようだと(全然禅のことなど知らないのによく言うよ)近頃考えられるギター1本での弾き語りの境地。
将来自分を助けてくれるとずっと信じてきて、自分にとって良い歌をと作り続けて51年、お客様に何とお礼を言って良いのだろう。またよろしくお願いいたします。次回は北区田端である。バタやんに会って聞いてもらいたいようなYAMAKINGSONGである。



日本橋小舟町は母とつながっていた町
2026年03月20日 | カテゴリー: 山木康世
「小舟町」の読み方は、にほんばしこぶなちょう(東京都中央区日本橋小舟町)です。単独では「こぶなちょう」と読み、江戸時代から続く鰹節や乾物問屋で栄えた歴史ある地名です。浅草寺の「小舟町」大提灯や金融・実業界の歴史的発祥地としても知られます。
明治〜昭和初期に富商が多く、安田銀行(現・みずほ銀行小舟町支店)発祥の地。
浅草寺・宝蔵門(旧仁王門)の大提灯は「小舟町」の寄進として有名
なるほど。ウインドウズの元、今までは電子辞書による検索結果から記事を書いて妄想を働かせて一つの文章を導き出していた。前回ダイアリーから世の中、好むと好まざるにかかわらずAIが当たり前の時代になってしまった。なんだか人間の出る幕が減って感傷的になり悲観的AI世の中のムードが広がる中、僕はむしろ限られた生存時間を大幅に有効に使えるものとして大いに活用できてむしろ喜ばしく、ポジティブになって目の前が明るくなった気がしている。
今回のピアノ音楽堂は日本橋小舟町にある。ここはおそらく戦火にあって焼け野原、再建された碁盤の目の街である。一方通行が多く慣れれば何のことはないのだが、すぐ目の前の通りになかなか行き着けないという街でもある。
そしてなんと「こふねちょう」だと思っていたが「こぶねちょう」が正しい読み方と知った。そしてなんと安田銀行、現みずほ銀行発祥の地とも知った。母の函館遺愛女子学校卒業の就職先が安田銀行であったことを思い出した。記憶に間違いがなければ何かの糸が今日の日を導き出したものと思われる。
「小さなライブハウス」の元詩は1993年1月に書いていた。テキストデジタルデータはPCが何代も何台も変わってもしっかり生き残っていた。その頃のデータは「小さなレストラン」先日作り変えて「小さなライブハウス」とした。残念ながらメロディは宇宙の彼方へ葬り去られて、僕の脳みその膨大な記憶の棚にも保管されていなかった。この際とばかりに改作した。そしてギターのコードフォームも少々変えて作ってみた。夜中に作ったせいか静謐で忍びやかなメロディーが導き出された。
日本橋小舟町音楽堂へご来場のみなさまへ日頃の感謝としまして聞いてほしくて録音、データ転送と相成った。プロなら商売にしなくてどうなると言われそうだが、先日聞いたAIの奏でるシンガーソングライター、ニューミュージック編で目から鱗、口をアングリ、狂喜乱舞、抱腹絶叫、阿鼻叫喚ハンドルを握る手がしばし麻痺してこんな世の中に生き始めているんだと実感した埼玉からの帰り道。まるで料理を作るがごとく素材をAIに告げるとモノの数秒で見事な歌声を披露した。特にアレンジが秀逸だった。プロもアマチュアもなくなってしまった。境界線が見えなくなった時代の始まり。しかしである。
心の微妙なニュアンスは伝えきれない。その人その人個人の古代より引き継がれてきたDNAの紐の個体差までにはAIは関与できない。
「小さなライブハウス」は時代の出発歌として捉えてほしい。51年歩いてきた道の終わりであり始まりの歌。
数人のココロに深く浸透していったはずである。それが今現在の新曲の豊かさの象徴として僕のココロに刻まれたのである。いつの日か売れるかもしれない。しかし残っていることは確かである。
広告主が幅を利かせて大声で大音量でがなっても、届かないものは届かなく命短く消えてゆくのである。それにしても土足で我が家に入り込んでくる広告主には辟易する、どうかAI様退治してくだされ。

桜が開花した佳き日のライブ
小さなライブハウス
2026年03月17日 | カテゴリー: スタッフ・ダイアリー
山木康世からのメッセージです。
小さなライブハウス
https://yamaki-club.com/radiotalk/20260319.m4a
ユーチューブでもお聞き出来ます。
https://youtu.be/azl39Z_rSuY
千葉県千葉市/グッドスペース-Blue Mountain有耶無耶
2026年03月16日 | カテゴリー: 山木康世
千葉市はご存知千葉県の県庁所在地。千葉県の顔である。
北端(ほくたん)野田(のだ)市 関宿三軒家(さんげんや)
東端(とうたん)銚子(ちょうし)市
西端(せいたん)富津(ふっつ)市
南端(なんたん)南房総(みなみぼうそう)市
東京都と神奈川(かながわ)県を合わせた面積を上回ります(令和7年4月1日現在(現在))。
三方を海に囲まれた千葉県は、冬(ふゆ)暖(あたた)かく夏(なつ)涼(すず)しい海洋性(かいようせい)の温暖(おんだん)な気候です。特に南房総(みなみぼうそう)沿岸(えんがん)は、沖合(おきあい)を流れる暖流(だんりゅう)(黒潮(くろしお))の影響(えいきょう)を受け、冬でもほとんど霜(しも)が降(お)りません。
千葉県が「房総(ぼうそう)」と呼(よ)ばれるのは、元々(もともと)「安房国(あわのくに)」「上総国(かずさのくに)」「下総国(しもうさのくに)」から成っていた名残で、安房(あわ)の「房」と上総(かずさ)・下総(しもうさ)の「総」の組み合わせに由来しています。1873(明治6)年6月15日、両県を合わせて「千葉県」が誕生(たんじょう)。この日を記念して、1984(昭和59)年に6月15日を「県民の日」と定めました。
県人口は、2002(平成14)年に600万人を突破(とっぱ)し、現在(げんざい)全国で6番目に人口の多い都道府県となっています。
有耶無耶関跡
有耶無耶(うやむや)の関跡は、宮城県柴田郡川崎町と山形県山形市の県境に位置する笹谷峠(ささやとうげ)にあった古代・中世の関所跡です。平安時代から太平洋側(奥州)と日本海側(羽州)を結ぶ重要な街道である笹谷街道の難所に設けられていました。
古代から官道として都の役人が往来したほか、戦国期には軍道、近世には羽州街道の難所として参勤交代の行列も通りました。
伝説では、この峠に旅人を襲う鬼が住んでおり、仙台側の「無耶の観音」と山形側の「有耶の観音」の霊鳥が、鬼がいるときは「有耶(あるか)」、いないときは「無耶(ないか)」と鳴いて旅人に知らせたと言われています。
今回のダイアリーはアンドロイドの元書いている。詳しく知りたくてAIや検索を手がかりに、ウインドウズではなかなかやり得ない知識を大幅に取り入れて、今どきの論文や子どもたちの宿題さながらのダイアリーと相成った。
数年前まではアンドロイドでは仕事が出来ないと諦めていた。しかし今や日本語変換の素早さ正確さではウインドウズ以上であり、十二分に耐えうるデバイスとあると確信した。何よりもタブレットのバッテリー持ちに頬ずりしたくなるほどの信頼性がある。
YAMAKINGSの中身はと問われれば、千葉県佐倉市出身の長嶋選手を称えて「3番サード」から始まって、最後は本日のお日柄及び季節柄につき「木蓮の花」で終了したと答える。その前に、タイムリーで腑に落ちないイラク情勢や世界の現状、痛恨の世界野球日本敗退を「有耶無耶」という歌を歌って煙に巻いてみようと思った。それで上記の有耶無耶を調べてみたわけである。

久しぶりの千葉ライブでした

日曜昼間のライブも慣れてきました

帰りの京葉道は夕日がきれいでした
新宿歌舞伎町永谷ホールFu-山へ逃げよう!
2026年03月15日 | カテゴリー: 山木康世
かなり古い建物と思われる。建物1Fホールの入口のドアを開けて中に入ると、いわゆる湿気の多いこもりがちな部屋によく見られる臭いがする。おそらく何十年という風説に耐えてきた臭いである。床から壁一面、天井にこびりついた臭いはそんじょそこらの換気扇で取れるというものではない。尺高のステージも決して良好とは言えない。ここに何人の芸人、音楽、落語、漫才などが行われてきたことだろう。慣れてしまえばなんということはない臭いとは裏腹にステージの使い勝手は良好である。大仕掛けのステージで繰り広げられるショーとはいささか趣が違う、小さなホールでの芸人の心意気は如何に。自分といつも対話をしながらのナイーブな言葉の端々に発せられる「てにをは」。ギターの指板から弾き出されるオタマジャクシは歌舞伎町という日本一娯楽の街の中空を泳ぎ回る。
15年前の新宿の空は果たして大丈夫だったのだろうか?本当に春を迎える青空だったのだろうか?あれほど日本が怯えて震えて疑心暗鬼、将来に不安を覚えた日々はなかった。しかしその後10年も経たないうちにパンデミックに世界が落とし込まれるとは、そしてオイルショック。僕の還暦まで社会は朗らかだった。バブル景気の二の舞を踏むまいと肝に銘じてそこそこやってきていたような感じの社会だった。
若い人たちに終末思考が強いと先日聞いた。時代や世界が大きく変化している中、本当に時間のかかり過ぎの世の中ではないか?助かるヒトももしかしたら通販暮らし、出前暮らしで一歩も快適無臭の綺麗な部屋から出ないで他人との接触ゼロで自らを弱めていってないか?
西新宿副都心の高層ビルを眺めながらの「あんさんぶる音」とは同じ新宿と思えない雑多でエネルギッシュな歌舞伎町にいると不思議なパワーが湧いてくる。
黙っていては始まらない。それでも時間はどんどん過ぎてゆく。
松虫たちが教えてくれる人の一生の大事さ、儚さ、刹那、「僕らは山へ逃げよう」なんかあったらタンスの通帳など取りに戻らないで一目散に山へ逃げよう!




「けやきホール」記念CD発売
2026年03月10日 | カテゴリー: 山木倶楽部九段支部
2025年9月4日に東京「けやきホール」で開催された山木康世コンサートのCD(2枚組)、写真集を3月14日の新宿ライブから販売します。
CD4500円、写真集1500円、セット5500円です。お楽しみに!
(以下は写真集より抜粋)



神奈川県大和市アートロイド スタジオ70歳代を高齢者と言わない都市
2026年03月09日 | カテゴリー: 山木康世
70歳代を高齢者と言わない都市。東名高速を何度か往復しているとき、気になったスローガンの街。僕が走ってきた日本全国の街のスローガンとして特筆である。以前は60歳代を高齢者と言わない街であった。そして去年の12月に同地を訪れた際気付いた。いつの間にか70歳代へと10歳繰り上がっていた。同感である。寿命が男女とも伸びている時代、スローガンも同じように成長してしかるである。そしてそしてなんと今回大発見。
神奈川県は横浜市を抱える大都市である。特に人口においては東京に次いで日本第2位である。ずっと大阪が2位だと思っていた。いつの間にか横浜が2位になっていた。ほぼ県の中央に位置する大和市は25万人を抱え富士山の見える街で、人口密度は川崎市についで神奈川県内2位の街とある。道理で混むはずである。賑やかである。国道16号、246号はいつも車の列である。
市長はどなただろうと調べてみたら1968年10月22日生まれの58歳小谷田力氏とあった。声を上げてしまった。なんと生年月日が同じ市長さんだった。年齢は18歳下で僕が大学1年のときにお生まれになっていた。これを奇遇、奇縁と言わず何と言おうか。
アートロイドスタジオは広くテニスでも出来そうなくらい。音の響きが良く、歌い甲斐のある会場である。
久しく帰っていないので大雪情報のある札幌に思いを馳せて
春の雨、初夏、メロディと続けた。やさしさとして想い出としてではかかりきりの9月の説明などもした。MyCarは免許取得の36歳を思い出し、あの頃の自分のエネルギーに驚いたりもする。なにせ札幌から東京へ車で2回も出かけたことが信じられない。父が70歳で免許を取って我も負けていられないと頑張った。父の旺盛さには未だ追いつかずである。
♪我の人生を今一度 振り返って大勢の
亡くなった人たちの弔いと 念じて生きてゆこう
彼の魂の叫びに耳を彼の魂の無念を心に
君よどうか聞いてくれ 僕らは手をつなごう♪
11日で15年経つ大地震、原発事故、その後歌い続けたが最近少なくなっていた。そこで次回歌うときは最後の歌詞をこう変えようと思った。
♪僕らは山へ逃げよう 僕らは山へ逃げよう♪
来る土曜は新宿永谷ホール。みなさんからリクエスト受け付けます。倶楽部の方までメールや当日の受付でも大丈夫です。エピソードもございましたらお聞かせください。話に花を咲かせましょう。どうぞお聞きになりたい歌を胸に新宿までレッツゴー。心よりお待ち申し上げます。




ライブ終了後はサイン会
東京都新宿区あんさんぶるStudio音「七福神」と「松虫さんとジャイアン先生」と
2026年03月06日 | カテゴリー: 山木康世
三寒四温を実感する日。確実に春が来ている。スキップしながらピョンピョン高層ビルの向こうから春がやってくる。雲一つない青空が何とも言えない。風も時折強く吹いてくるが、実に穏やかだ。おそらく明日は曇った日で晴れないだろう。そんな空気の中、相変わらず目に見えない花粉が飛んでるんだろうなぁと思う。鼻がグズグズ、眼がジンジンなど花粉アレルギーの人には受難の季節である。マスク、メガネを掛けても目は充血、鼻水タラタラ、見ていて可哀想と言うしかない知人がいた。今頃空を見上げて、あーまた今年もやって来たかと嘆いていることだろう。
ギター好きなおっさんたち7人に加えさせてもらった。他は皆お気に入りのアメリカのミュージシャンである。
ボブ・ディラン、ニール・ヤング、ライ・クーダー、マーク・ノップラー、ジェームズ・テイラー、JJケール。彼らを乗せた宝船が波を蹴ってやってくる。「七福神」
♪ナカキヨノトオノネフリノミナメザメナミノリフネノオトノヨキカナ♪
この回文が書かれた半紙を枕の下に忍ばせて眠りにつくと良い夢を見ることが出来る。江戸時代にはこの半紙を売って商売にしていた人がいるというから、この時代も皆良い明日を今と同じように夢見ていたのだろう。それにしてもこの回文を考え抜いた名も無き文士は偉大である。見事としか言いようのない瑞々しい言葉である。
この呪文のような回文を取り入れて「七福神」を作って、全国を駆け巡った月日が懐かしい。
そのギターミュージシャンたちが船に乗ったTシャツを作っている。AI技術を駆使しての「七福神」これを着込んでお眠りになれば、晴れの明日は間違いがない。皆長いこと波乗りをしてきたなぁ。中には降りて更なる国へ旅立たれた御人もいる。僕が若き日、今も好きな音楽人である。ギター愛好家たちである。まだまだ現役、渋みが旨味となって春の足音のする青空に歌っている。
孤独なパンチくん(市川動物園の一人ぽっちの子猿)が話題となっている。朝のテレビで知った話題でネットで調べたわけではない。テレビはオールドメディアなどと言われて久しいが、ネットは要らぬ情報まで詳しく語られ、時間泥棒になりかねない。
「小さなレストラン」最近見つけた若き日の歌である。しかし詩はしっかり残っているが、メロが不明。何度も何度も作り直した記憶がある。それでも解散直後30年以上前の話で、月日の波に飲まれて残っていない。そこで昨日の夜作り直した。
「小さなレストラン」
君が働いていた 小さなレストラン
少し古びたけれど 今もあのまま
秋の木漏れ日が 長い影を落としていた
窓際の白いテーブル 確かこの椅子だった
アメリカ、イスラエルによる傍若無人のイラク攻撃。今のアメリカではありそうな寝耳に水の先制パンチ。国際法に抵触していると口角泡を飛ばして識者は言うが、果たして何人の何処の誰たちが管理している国際法と言うのだろう。水面下で何か行われてのことだとは思うが、いきなりのピンポイント攻撃。巻き添えを食った大勢の人たちが今も昔も変わらずいて可哀想、切ないの一言である。死んだら元も子もないだろうに。国のトップは何を思って自国を運営しているのだろう。
お昼に松虫さんたちからとびっきりご機嫌な「新しい朝」と「おめでとう乾杯」のお便りが来た。キャッホー!元気でやってるよー。ジャイアン先生ともどもアリガトーーーー。歌の持っている力を信じているよー。
ジャイアン先生松組合唱団YAMAKING心骨を歌う のページを開いてお聞きください。



次回「あんさんぶる」ライブは4月16日

ギター神7Tシャツ まもなく販売
さいたま宮内家での梅は咲いたか桜はまだですか?
2026年03月02日 | カテゴリー: 山木康世
世の中時短時代である。効率性を求めて長い単語を短縮して使う。
「やさおも」→「やさしさとして想い出として」
「かぜふか」→「風に吹かれてMinstrel」
「ほしてん」→「星は天から大地」
初めて聞いたのは、ふきのとう時代で何もそこまで省略して言わないでも良いのにと思いなじまなかったが慣れてしまえば何ということはない。
今日は「そらほし」でスタート。季節柄非常に歌い甲斐のある歌を選曲した。
♪こちらは春一番が吹きました 梅は咲いたか桜はまだですか♪
1年のうちで3月は衣替えのような季節で明るい希望が持てて好きである。それと同時に年度末で何かとあわただしい。松虫さんたちも新学年になり一時みなと離れ離れ。YAMAKINGSONGを一生懸命歌ってくれたことをいつまでも覚えているよ。あの頃は12月冬の入り口真っ最中、それから3か月。早いなぁ。子供は毎日夢中で生きているので長さなど感じないのだろう。かくいう自分もその昔は鼻たれ小僧。みなさんお元気でしょうか?
地元の関東バス代が3月から10円値上がり、230円から240円になった。無料パス制度ももらえる高齢者になったのだけれど、僕はパスしている。高齢者を自ら加速するようなパスはパスしている。もったいないと思ったら進んで1kくらいは歩いてゆこう。
先日バスを待っていたら女高生らしき4人のお客が前にいた。やがてバスが見えてきた。その中の一人が小声で「エコモリ」だ。エコモリ?一瞬脳みそが翻った。エコモリ→江古田の森。合点がいった。と同時に笑っていた。ここでも時短が自然に流れている。教室などではどんな時短がなされているのか。
「コミケ」も聞いたことはあったが実態を、その日の夜テレビで知った。75年発足、実に50年の歴史があって今では6万人ほどの人間がコミケ大集合。まったく触れずに51年、ふきのとう、YAMAKINGで疾走してきて今日の宮内家にいた。
歌は世につれ、世は歌につれ。50年は長いようで短かったが、時短で語れるほど短くはなかったようだ。歌詞はその年齢の時に作ったものだが、今でも同じ表情をしている。メロディーも同じである。近頃のライブは昔の自分を訪ねて再認識しているようだともいえる。しかし本人の身も心も違うのであろう。非常に面白い、昔日の自分への訪問なのであるな。特に歌詞は変化していないと不自然なのかもしれない。
せめて週に2度ほどの2時間くらいは「時短」ではなく、「自嘲」気味に「自重」なる「時長」で行こうではないか。

千葉県佐倉市サロンPスクエア佐倉の誇り長嶋選手
2026年02月27日 | カテゴリー: 山木康世
今日の天気は予報では晴れ、温いと出ていたが、そこはそれ三寒四温の定理があって春一番などの浮かれ情報が出ても春にはまだまだ足踏み状態の2月26日。
2・26事件をご存じだろうか?
昭和16年激動の時代を象徴する事件である。当時の陸軍青年将校らが決起、軍隊によるクーデター。日本も未成熟な発展途上の国だったわけである。
日本も僕の生まれる10年ほど前の時代は今では考えられない時代であったのだな。当日は雪の降りしきる東京。その印象は事件の重大さもさることながら、若き軍人1500名あまりの血気あふれる熱き思いを考えれば、そこに降る雪が何とも言えないそこはかとない寂寥感を感じさせ脳裏に深く一歴史の事実として刻まれている。平和な今があるのはすべて先人の残した血と涙と汗の賜である。
出かける前いつものワイドショーを見ていた。
中野サンプラザホール解体されないまま3年。区長を初めとする役所の人間と中野住人による折衝である。解体費用の予算オーバーで誰も決断を出せずにいるとは何とも勿体なく、時間だけが無駄に過ぎて行く現実を知る思いである。確か当選の暁には速やかに解体、跡地に超高層ビルを建設などが区長選挙の折の公約の一つにあったのではと頭をひねってしまった。
スマホが子供に悪影響を与えて、海外では13歳以下の使用制限、禁止などが行われている。子供の自殺があっての海の向こうの大人の対応である。オーストラリアで決定されたニュースから半年も経つのであろうか。その間、我が国は選挙、オリンピックなどでマスコミやメディアは大わらわ。まだ端緒にもついていないという事実。金や銀が大事なこととはいえ、未来を担う人間たちの心の問題はもっと大事と思ってしまうのだがどうだろう。
1時間半ほどで佐倉には着く。50キロほどだが、年度末を控えての2月の最後的な世の中、車が何かと多くて少し遅れた。先日の令和天皇様のお誕生日、2・26事件などの報道は僕が聞く限りあまりなかったようだ。
日本の立ち位置や世の中の心の健康はリンピックの金メダルの数ほど優れ、かつまた前向きに張り切れているだろうか。
昔々作った歌、一人になって活動しながら作った歌、50年以上も経過しているのだが僕の中ではそれほど時の経過を感じさせない。スタンダードと呼んで良いような歌が多く残っている。先日の松虫さんたちの清らかな歌声は、僕を前に押し出してくれた。
シンガーソングライターが名目や肩書きだけの職業になってはいけない。中身が重要である。あまりにも手軽にサービス業のように成り下がっては先人たちに申し訳ない。
佐倉の誇り長嶋選手もいなくなってしまった。残された息子は大変であろうが、何かを忘れて生きておられる姿は今の日本を象徴している一コマのような気もする。
今日は予定していた「3番サード」「佐倉宗五郎」を歌わずじまいだった。何故だろう?

リハーサル中です

1曲目は「春の雨」

早くあったかーい春が来ますように
