新宿「あんさんぶるstudio音」人のお名前は粘ってでも思い出すようにしよう
2026年02月07日 | カテゴリー: 山木康世
なんてのどかな日なんだまさに「となりの電話」。風も穏やか、日差しも春めいて、さすが立春を迎えての東京、まさに春間近という感じである。
北国では「さっぽろ雪祭り」世界では「ミラノオリンピック」が開催されている。
札幌でオリンピックが開催されたのは1972年の冬、僕は22歳の学生だった。学生と言うよりも音楽の道を志て上京の準備段階と言うところか。街がドンドン変わってゆく姿は頼もしくもあり、一抹の寂しさもあった。地下鉄が走って、駅前道路が丸井さんから三越へと変更、拡張整備されていって、子供のころからなじんでいた札幌の顔が変わってゆき、僕の顔立ちも少しずつ大人びて行くような変わり具合にも似ていた。
2年後に「白い冬」でデビューするのだが何の計画性もなく、今まで書きためていたYAMAKINGSONGSを2枚ほどアルバムを制作できれば良いかな、くらいのうっすらとした希望をぶら下げての上京だったような気がする。
東京都のもと水瓶、淀橋浄水場は1965年に廃止された。その跡地に副都心と呼ばれる超高層ビル群を主とする街並みが1970年代に形成されていった。想像を絶する広大な浄水場だったのだろう。何せ都民の命を賄っていた水飲み場。そして1996年には都庁が建設された。
地下のあんさんぶる音の会場より階段をトントン上って地上に出て遙か1キロほどだろうか、仰ぎ見れば雲一つない青空に未来への希望のようなビル群が見える。しかし目の前に何やら建物が建つようで、そのうちここからこの景観は見られなくなるのだろう。
本日はあの世から上田某と坂本某が遊びに来られたご様子。
「花紅柳緑」を札幌の歌として何とかしようとした年があったなぁ。今から10年ほど前のこと。そのころの札幌市長は上田文雄氏であった。市長室へ訪問した日の光景を昨日の事のように思い出す。市長は「ブラボーサッポロ」を好いてくれて、一人でビールジョッキーを片手にホテルや居酒屋で歌って下さったようだ。その後札幌は歌の街を掲げて、矛先を坂本龍一氏に充てた。上田さんは「ふきのとうホール」の楽屋に遊びに来られて、それが最後のお姿、25年にお亡くなりになられた。笑いながら「明日から入院しますよ」とおっしゃられていたなぁ。
しかし坂本某の下のお名前が直ぐに浮かんでこなくて失礼をした
。坂本九とつい先走って失笑を買った。戦メリ、その後高知の偉人坂本竜馬をたどって龍一へとたどり着いた。悲しいかな顔は浮かんでいるのに名前が直ぐに浮かんでこない。高齢者特有の物忘れとはホンとの話。すぐにスマホグーグルに頼らずに、笑われてでも最後まで粘って思い出すよう努力をしよう。

次回の「あんさんぶる音」ライブは3月5日です

「タペストリーの写真ってこんな感じ?」
神奈川県川崎市スタジオ「caramelo」 暦の上では立春だよ
2026年02月04日 | カテゴリー: 山木康世
~立春や 春の息吹を鷺沼で~
1月も終わった。大雪のニュースで終始したという感じか。大寒も過ぎて今日は立春。暦の上では春である。
「ハルよ来い」と1月で締めくくって「ハルはそこまで」と2月は始めた。ハルちゃんは触らせてくれるようになったでしょうか?
今日から春の始まり。暦の上の言葉ではあっても気分が少し春めいて良い一日だった。「立春大吉」「幸せは青空の彼方から」まずは朝から天気が良いということは何事につけて神様に感謝だな。湿りがちな雨の日も趣はあるが、これに大風が付きまとっては厄介な一日となる。何かと不精になり行動規制がかかり青空が恋しくなる。しかし水がめの心配のニュースも聞こえてくる。それでも春の足音が聞こえてくると気分が良くなるもんだ。
「この風どこまで強いのか 北の風 お前と・・・・・」偶然にも会場より風邪気味の咳が3人聞こえてきて脳ミソが立ち止まる。「この風邪どこまで続くのか?」怖いもんである。自分でも恐れ入り屋の鬼子母神。お客様とつながった瞬間だ。誰のせいでもない。時空の悪戯。生きている言葉、死んだ言葉の歌詞なんて意味がない。」生きている人間の証として人間は言葉を吐くんだ。一応人間にしか与えられていないという言葉というコミュニケーションツール。よくぞ神様は我らに与えてくださったものだ。
ここの地名の鷺沼はおそらくその昔、サギが大勢で集まる沼があったところだろう。目の前の大きな通りは246である。かの有名で何かと羨望のまなざしの246である。
時刻は4時半、少し前までは暗かった。しかし今日はまだ日が沈んでいない。さぁ明るいうちに我が家に帰ろう。

住宅地の中のスタジオです

立春、春間近です

白い煉瓦の壁に影が揺れます

お客様に豆を配りました。「ヤマは~~うち!」
東京都渋谷区参宮橋革命と鍛錬「バンザイ馬耳東風」
2026年02月01日 | カテゴリー: 山木康世
2つの箱に収納されたボクシングの赤や青の大きなグローブ。ボクシングは相手を倒すまで終わらないというスポーツ。負けた方はリングに屈辱のキスをする。勝った方はコーナーに駆け上がり、われこそは王者なりとガッツポーズ観客へ投げキッス。珍しい勝敗のハッキリしたスポーツ。もしかしたら相撲もそうかも知れない。選手は人知れず夜な夜な練習に励む。ただ相手を倒すのみ。人気の野球やバスケ、サッカーなどは穏やかなもんだ。相手が倒れるまでやったら試合にならない。
滝に打たれて修行を積んで心の鍛錬を積み重ねる。勝てるのは修練の賜物。
武力こそ使わないが脳みそを鍛えて、ある種の革命を起こす。歴史の中で革命と呼ばれる、民衆の蜂起は何度も行われてきた。抑圧された政府への抗議は次第にエスカレート、遂には暴動へと化し民衆は興奮へと突き進む。そのうち当初の考えや思考はそっちのけ、相手を倒すということが主題となる。
選挙なども革命に近い行事なのだろう。選挙カーに乗って、ご近所様のご迷惑を顧みず我が名前を連呼する。そんな子供じみた手法で本気で勝てるとでも思っているのだろうか。しかし勝てるのである。1票違いで当落が決まってしまう民主主義の選挙は本当に公平なのか。行かない人の声なき声は無視だ。もしも1票差で勝った人が悪人で負けた人が善人であっても責任は問われない。名前の知れた人は、本気でやる人なのか。
そこで考えた。スポーツにしちまえ。何かお題を決めて、とある競技会場で「あなたこそ一休さん」相手が遇の音を言うまで徹底討論。最後に勝ち残った候補者の雄叫びを聞いて選挙は終わり。政治家は本当に良い金をもらって優遇されて良い仕事をしているのだろう。
近頃考える。勝手に手足が動いて、喉元から言葉が吐き出される。その昔には考えられなかった自己流音楽作法。若さにはエネルギーという馬力が備わっている。それが徐々に穏やかになり外へというより内へと気分が高まり自身が恍惚となる。恍惚の人である。恍惚とはうっとりして物事に心奪われてぼんやりした状態、または意識がはっきりしない状態を言う。革命や鍛錬の時間が終わって人は恍惚へと向かうのか。まぁ相手を打ちのめすのは良くないが、長い時間かかってその人だけにしか分からない両者ともに静寂のノックダウン。
ボクサーに去来するのは何だろう。昨日のことだろうか、それとも1年前、それとも遠い昔のコーナーに駆け上がっての雄叫び姿か。いずれにせよ勝手に繰り出されるパンチの妙味は本人にしか分かり得ない醍醐味なのだろう。
選挙で勝ち残った候補者は「バンザーイ」と大声で連呼する。その昔「バンザーイ」と叫んで南の島に散っていった兵士がいる。「バンザーイ」は不思議な妙薬であるな。
ライブが終わってギター、荷物を引きづって駐車場へと向かう。今夜は月が出ていない。風もない。昼間より温かいような気がする。1000円札しか認めない駐車場の札入に向かって小声で「バンザイ馬耳東風」

参宮橋駅からすぐ。ゆったりとした午後のひと時

今日はウクレレも忘れません

背後には森、サイドには南国のビーチのタペストリー
大阪5thStreetの夜は静かに更け行く
2026年01月26日 | カテゴリー: 山木康世
?どうして2011年3月に国中がパニックに陥って、先の未来が見えないような不安の時期を過ごしてきた大人たちが懲りずに経済経済と再稼働。結局不具合が見つかって延期。それでも国は子供を騙すような嘘を付いて国民をたぶらかし続けるのだろう。
?世界の警察だった国の大統領が、今度は世界を自分の法律で好き勝手に獲得しようとする。しかしさすが経済人、ババ抜きだけはしない。武力を行使せず関税という税金を武器に秩序を保ってきた国々を牛耳られると思うのだろうか。
?日本橋という地名は東京と大阪にもある。しかし街をいつも走り回って人様のお助けをしているタクシーのプロがニホンバシかニッポンバシか混乱しているのだろう。♪お江戸ニホンバシ♪これが東京の地名。大阪はニッポンバシ。
?宿泊税などという今まで聞いたことのない税金を高額なHOTELが徴収する。入湯税、拝観税なんていうのも確かあったような。その上、荷物を短時間預かってもらおうと申し出たら1個に付き1000円いただきますと来た。ここまで来ると世も末だ。
?選挙が突然告示される。選ぶのは国民だ。しかし何を北極星の明かりを頼りに投票するというのだろう。その国のトップたちが日曜日に討論会をする。しかし司会者はやたら仕事とはいえ、今日も時間を気にして司会進行に徹する。こんな時こそたっぷり時間をかけて徹底討論討論会でと司会者自らがならんのだろうか。
?かつてお笑いの人間がトップ当選をした。そしてお笑いの名前で出演で違和感を感じる。そういえば僕が札幌を離れて上京した40代の頃、東京と大阪の知事は芸人だったなぁ。それを選んだのは市民。その頃からその程度のこの国の有り方だったのだろうか。
?ジャイアン松組の子どもたちの歌声は僕の精神構造を少し変化させた。50年経っても松組の子どもたちは生きているだろう。そのころ今日の会場に集まった人たちは僕を含めみんな居ない。50年の短さを感じてしまうなぁ。
そんなこんなの「5ThStreet」はいつになく燃えた。古くて新しいマイクのおかげか、それともお寒い中、お忙しい中、日曜に集った人たちの魂の結実か、テレビはすでにオールドメディアと言われて、AIが当たり前にネットで人格を持ち始める。せめて毎日がクリスマスの日と思い願いウキウキ生きたいと思うのも悪くはない。そんな願いで壁に大旗を掲げた。AIは嘘である。しかし何も犯罪を皆が望んでいるはずもない。楽しんで遊び心で50年歌を作り歌い続けてきた。
関西2日間つつがなく面白可笑しく終了完了。皆様のおかげです。またお会いしましょう!




配信画像もきれいです
京都市中京区/somenokyoto今日は寒い一日、でもココロはあったかいべ
2026年01月25日 | カテゴリー: 山木康世
~晩冬の 昼空渡る 冬銀河~
何度も何度も記してきたが、somenokyotoの持つ場のエネルギーは丁度良い。今回も変わらず弾き語りYAMAKINGにはモッテコイ。手頃な楽屋オモテナシ、トイレ事情、袖から舞台への花道、いざ舞台へ。最適な良好な照明たち、最適な今音響、そして壁の不思議な色模様、そしてそこを支えてくれる人間たち。そしてそしてそこに集う皆様の相応なココロとカラダ。僕にとって心身穏やかでたおやかなる会場somenokyoto。
今日は珍しくなくなったLIVE配信の日。コロナ騒動以来マイナスをプラスに変えた人間たちの知恵と工夫でここまできた。全国各地、すでに回数を重ね日常的な楽しみ方と相成った配信行為。会場へ来られないお客様にとってはこの上ない楽しみ方。僕が逆の立場ならどんなに待ち望んで朝から落ち着かない一日。しかし死んでも逆立ちしたって楽しめない。残念である。
今日は去年の「冬青庵能舞台」の余韻と、ジャイアン先生と松組による「YAMAKINGS」進行形が柱だった。サブタイトルにもあるじゃないの。用意していたはずなのに歌われなかった「冬銀河」そして皆と歌われなかった「雪の町へ」どうしてなの、どうしてー!?と膝詰め談判と行きたいところだべ、と遠くの街から待ち望んだ視聴者の代弁也。
仰せの通り、ごもっとも、今後抜かりの無いようお取り計らい致します。どうぞご勘弁を。
「雪か雨か、みぞれかいな?」独り言のような寒さ厳しき街中を眺めながらの帰りのささやきに「北部の方は雪ですわ。」北の方から走ってきたタクシーの運転手さんはバックミラーの黒っぽい遠くの空を覗き込みながら反応してくれる。あったかくなる一瞬。タクシーも慌ただしい現代なかなか捕まらない希少な乗り物になってきた。エッチラオッチラ籠ではないが、京の都は籠に乗って帰りたい気分。でも籠は寒いぞー、RAOJINは吹き渡る寒風の中浪速の町へと歩を進めた。
皆様お忙しい中、誠にありがとうございました。

深い海の中にいるようです

マグマの中にいるようです

都に響くYAMAKINGSONGS
横浜とべ音楽館で飛びます飛びます
2026年01月23日 | カテゴリー: 山木康世
小説家は一字一句選んで脳味噌より滴り落ちる言の葉を原稿という大海原に書きしたため、のちの読者諸君の皆に記憶という鉄槌を打ち込む。偉いもんだ、完成したら最後、文字の修正は許されない。
何故かというと出版社という版元と契約をしたので書き上げた大作はしっかりと克明に刻まれる。何百万という言の葉は小説家の命の証でもあるし出版社との固い絆でもあるからだ。
時間も押し迫って会場の借りた時間が「もうすぐ5時になるよ。5時半には返さないと違反だよ」と「RAOJIN」にささやきかけてくる。「RAOJIN」は8分の6拍子の勢いをエンドに向かって増し続ける。
昨夜畳み掛けるように「RAOJIN」を修正追記を施し強化した。しかしタブレットHpのデジタルの原稿用紙には収まりきれないほどの文字数と相成ってしまった。微かな不安が脳裏を横切る。「大丈夫かいな?いくら白内障を解消したからと言って米粒のような言の葉を噛み砕いて時間内に歌い切れるの?」不安は的中!しばしアップアップ、もう少しで大海の塩水を飲み込み溺れそうに。
♪RAOJINはライブに行き目を閉じてうなずいたりして聞いてるふりをする しかし寝不足で昼下がりうつらうつら周りに悟られぬようにうなずいたりする そして歌が終わったらすばやく気づいたように不自然な拍手をする 拍手をしない気難しい人よりはマシだろう♪
2回目の訪問の横浜とべ音楽館の最後は「RAOJIN」で締めた。少し舌っ足らずだったが今度はスッキリバッチリ決めるぜ。まぁやってみなけりゃ分からんが小説家じゃないんだから、ドンマイドンマイ、当たって砕けろだ。なにせ自分で作っておいて脳壁に完璧に刻み込んでないんだから仕様が無い。まぁ懲りずにまたお会いしましょう。

ウクレレも弾かなくっちゃ

本日のLovelyプレゼントは小アヒルとハッカ飴

今日はスズキギターも活躍するよ

今日はバイオリンも弾かなく・・・ん?

ラストは「RAOJIN」大合唱
埼玉県志木市ドットブリッジ志木ありがとうジャイアン松組との日々
2026年01月20日 | カテゴリー: 山木康世
ジャイアン松組合唱団との遭遇は、ただ自分の歌の確認、汚れのない心を洗われる歌声にとどまらず、いろいろな変革をもたらしている。
歌に限らず人間は生きていて日常茶飯事においてあざとく生きている。これを悪と捉えるか善と捉えるかであるが、人間には他の動物にはない知恵の力がある。この力のお陰で進歩してきた。生まれたときには、未だ備わっていなく後に獲得するものと思う。
やがて知恵は悪い方にも考えるようになる。いわゆる悪知恵、浅知恵である。人を出し抜いたり、嘘をついたり、騙したりして自分は人より前へ。詐欺などは悪知恵の最高峰だろう。戦争を考えてみると、自国が勝って生き抜くためには技術的進歩、これは悪知恵のようにも見えるが知恵の恩恵なのである。こうなると悪も善も区別がつかなくなる。無常。子どもたちの行動。もちろん歌う行為なども小学2年生の頃はまだ未発達であろう。聞いてる人の気持ちなど無関係、自分が良ければそれでいい。おそらくこの頃が最後の年齢ではなかろうか。
僕達は大人になって失くしてしまったひとつに、この人に対して計算のない汚れのない心であろうか。いつもいつも損得勘定で生きることが良い道のように錯覚して計算しすぎて生きているきらいがある。もっと素直に大声で人への配慮も少し緩やかに生きていってもいいのではないか。現代社会の荒波にもまれて小賢しく、自分を我慢し収めて生きているのではないだろうか。そんな折での歌声に、ハッと気付かされた。あれ以来自分が歌う行為や人の歌う行為、既存の楽曲などへのあざとさが鼻につくようになって、少し方向転換。ドットブリッジでは普段あまり歌わない、どちらかと言うとサブメニュー的なYAMAKINGSでまとめてみた。実に楽しく心が弾んでいた。「ふきのとう」への反動であろうか。恐れ多くも松組にはなれなかったが、心は松組、忘れていたモノを少し取り戻したような気がして良い一日だった。
ありがとうジャイアン、松組、そしてあの日を采配してくれた神様にお礼を申し上げます。
まだ終わってはいない松組の感動。始まったばかりで今年のテーマのひとつではある。「無常」という言葉に突き当たる。こんなことを思いまとめてみた「瓦版花鰹133号」、すでに発送準備完了の良い心持ちの小正月も過ぎて、いざ発進2026年、オンマサンに飛び乗ってどこへ行こうか。



東京都新宿区あんさんぶるStudio音バッテリーの上がった日
2026年01月17日 | カテゴリー: 山木康世
元来あまり腹の虫は鳴かない方だが、live後半で聞こえるほど頻繁に鳴きやがった。
今朝出ようとしたらエンジンはうんともすんとも言わず、冷汗がタラーリ。参ったな、live当日、それも出がけの予想だにしない発覚、体に良くない。全身の血が騒いでいる。
「どうすんだべ、まぁタクシーで行っても20分ほどで着くから問題ないが、荷物の整理をしなければいけんべな」「忘れ物の確認、大変だと思うよ」「まぁ51年のベテランだから抜かりはないと思うけど心の動揺は一寸法師だべな」体のあちこちから声が聞こえてくる。本人曰く「寒風で荷物整理の手先が冷たいのが一番堪えたよ」
腹の虫
■みんな故人をしのんでお坊さんを待っている
こんな神聖な場で鳴きやがる俺の腹の虫
厳かな葬儀場で襟を正してうつむいて
静まり返った悲しい場面で鳴きやがる俺の腹の虫
鳴くな鳴くなこんなところで 俺の面子が立たんじゃないか
■久しぶりのラジオの現場でアナウンサーを目の前に
静かなスタジオのマイクに拾われた俺の腹の虫
さぞかし得意で気持ちが晴れ晴れ良いだろうな
恥ずかしそうに頬杖ついて鳴いている俺の腹の虫
鳴くな鳴くなもう終わる 俺の身にもなってみろ
■眠れない一夜を誰が知るカラスがカァと飛んでゆく
君を思って切ない朝に鳴きやがる俺の腹の虫
今日が山場だ最後の詰めだがんばろうと
真剣な話し合いの場で鳴きやがる俺の腹の虫
鳴くな鳴くな鳴き止んでくれ 俺も惨めで泣けてくる
■暗い映画館で固唾を呑んで見ている
待ってましたクライマックスで鳴きやがる俺の腹の虫
まるで毎日懲りずの迷惑メールか楽天市場か
俺の意思とは関係なしに鳴きやがる俺の腹の虫
鳴くな鳴くな鳴き止まなければ 腹の虫がおさまらん
■西新宿の樂しそう初台studioあんさんぶる音
ギター奏でるYAMAKINGさっきから鳴きやがる俺の腹の虫
超高層ビル群と空を駆ける首都高に囲まれて
たっぷり2時間「きらめく星座」鳴きやがる俺の腹の虫
鳴くな鳴くなもう終わる みんなの耳に入るじゃないか
後日バッテリーは回復処置を施したが、こんな瞬間にも身近な希望達成の喜びを見つけることができた。

小アヒルも整列してライブの準備は万端


今日は小正月だから餅花を書こう
千葉県市川市サクラコートホール人生の航続距離を伸ばせ!
2026年01月11日 | カテゴリー: 山木康世
免許取りたての35歳の頃、1円でも安いGSを見つけるとかなり遠方までガスを入れに走った。笑い話でもある。結局遠くまで行くのにガスを余計に使うということに後に気が付くのであるから人生は喜劇である。安いガスを入れにわざわざ離れ小島まで出かけて行くかという珍現象まで起きる。しかし当の本人は安いガスにしか目が向いてない。距離も時間も関係がなく安いガス、この一点しか眼中になく、恋は盲目にも似ている。
現代の車事情は昔と比して驚くべき燃費である。車メーカーのたゆまぬ努力の成果であろうが、排気ガス問題、地球温暖化、限られた化石燃料の将来への不安などで、今は考え方は電気自動車が主流になりつつある。しかし日本のメーカーがなかなか電気になびかないのは、環境的には向いているのだが経済的には石油に劣るということを聞いたことがある。つまり電気を生み出すシステムに石油が使われ、そこで思わぬ価格破壊が行われて意味がないというもの。なんだか離れ小島に安いガスを入手しに行く話とも似ていなくもない。ならば燃費を如何に伸ばして走りやすくして、環境への問題は日々の技術向上を図るのも手である。
本日アンコールは「RAOJIN」で締めた。中国のお酒に老酒(ラオチュウ)という酒がある。中華料理には老酒が使われていて、あの独特の味わいを出す。日本語の老人の言葉の響きがどうも僕には「老い」のマイナスイメージに拍車をかけているように思える。そこで或る日「RAOJIN」を考えた。誰でも時間とともに老いの航海を強いられる。そこで元気であれば航続距離を伸ばすような走り方ができる。元気であれば前向き、外向き、快活、ポジティブに天に向かって無責任に高らかに大声で歌い言い放つことで燃費は少し向上し航続距離を伸ばせる。
人間の完成形が「RAOJIN」でなくして何が人間社会か。意味深な人生の警句などを並べ立てたところで燃費は向上しないしガス欠を起こして路上で立ち往生。あの人は今などたまに必要なお笑いだ。
歌っている最中言葉がかなり乱れたがお構いなし、アドリブで結構。計算しつくされた物語など興味なし。子供たちの大声で計算のない穢れなき世界は僕を奮い立たせて鳥肌ものの感動を呼び起こした。
あの日は確実に僕の中で何かが改革を起こした。
みなさん、またお会いしましょう!

2026年版のタペストリーはいかがですか?

ライブにハープは欠かせません

どこか落ち着く和のホール

こんな雰囲気はどうでしょう

ポストカードではありません

「BOSS、今日も頼みまっせ」
埼玉県さいたま市音楽サロントトボーノあれから4か月一つ歳をとって世界も変わり続ける
2026年01月10日 | カテゴリー: 山木康世
前回は昨年の9月に行っている。日記を見ると事務所の近所で行燈を見つけて初めて使用した日となっている。あれから車で移動できるところには必ず持参して会場内室内の調度品、実用的な灯として活躍してもらってきた。あれから度重なるYAMAKINGSの現場で大いに力をもらってきた。当方の管理不行き届きの性分も手伝って、ある日、不具合が生じて台座に支障をきたして回復を試みたがうまく直らず今回は不使用となった。
我々の生活、特に夜の生活には電気の存在は不可欠なものとなっている。その昔には夜の明り取りには火を焚いてその明かりで昼のように生活をする、しかし夜に活動するのは夜行性の動物と泥棒くらいで人間はもっぱら、夜は寝るということで決まっていた。そして一部の人間が夜も活動したいと思い、またはやむを得ず火を焚いて活動、朝の太陽の出番を待ち飲んでいた。それが現代では夜も昼も当たり前のようにスイッチ一つ昼のような明かりを得ることができる時代になった。
しかしその明かりも元がないと照らしてくれない。そこで究極の原子力という手段の明り取りが経済的に一番と世界各国で重宝される時代があった。しかしご存じのように2011年における東北の大地震により原発の重大事故が発生、日本は他国同様大変な時代に突入。そして巨大地震、富士山噴火の予測がたびたびニュースになり、それほど経済だけでは語れない局面に入った。それでも専門家の調査によって再稼働合否を決められ、一時止めていた原発再稼働、本当に大丈夫なのという物騒なニュースも入ってきた。人間の人知の範囲を超えた大自然の驚異にあれほどおびえて懲りてきたのでは僕なんかは思ってしまう、いわゆる喉元過ぎてなんとやらである。
ホテルの8階の窓から見える勝田台の夜景。朝まで寝ずに都会の明かりは消えないままが当たり前になっている。本当に必要なのか、こんなどうでもいいような明かりのために原発におびえて暮らしているのか。そんな疑問はいつも頭から消えない疑問符で脳みその片隅に点っている。
電気は便利で人間の生活を大幅に向上、快適にしてきた。しかし人間の歴史において電気の生活はごみのような一部通過点の一点でしかない。1600年あたりであろうか、世界的に学者がしのぎを削ってここまで来た。電気によって睡眠障害などの病気も出てきた。こうやって文章を書いているのも電気のおかげである。電気のない生活など考えられない時代ではあるが、ちょっと立ち止まって子供の頃を思い起こすと、夜は暗く昼は明るいが普通だった。異常にたよるのも良くないのかもしれない、が電気のない生活は考えられないとジレンマは続く。戦争や紛争などやっている暇はないのである。
分からなくなってきた。
近所で入手した行燈は4か月の命だったのか。そんなはずはない。もっともっと慎重に扱えばと思ってしまうが後悔先に立たずである。何とか復活をさせてみると格闘の日々は続く。
市川市のサクラコートホールでは使用は叶わないが、いずれ元気な姿を見せると確信している。

浦和駅からすぐの場所にあるトトボーノ

体調は90%okです

お客様は全国7つの道県からいらっしゃいました
