名古屋市中区/ムジカは仲睦まじい音楽の店
2025年01月28日 | カテゴリー: 山木康世
札幌のテレビ塔に瓜二つの名古屋テレビ塔。昭和29年完成、180m。一方札幌の方は144m昭和32年に完成している。同じ内藤多仲氏が設計して東京タワーが昭和27年333m完成とある。日本の3大テレビ塔であるが、東京、名古屋、札幌と相次いで僕が4歳、7歳、2歳の頃の話で、日本にテレビが普及し始める世の中の風景として70年以上も立派に建っている。
そのすぐ近くにムジカMUJICAはある。3年半ぶりのLIVELibrary。3年半と言うとコロナ騒動勃発の頃か。
楽屋に入るなり店長らしきお人が笑いながら「オーナーが山木さんと同世代の人間なので睦び月という言葉に反応してコメントを書いてます」と言ってお店の通信誌をくれた。~睦び月 尾張名古屋の 冬景色~
新年に親族一同が集まって宴をするという意味で、1月の異称。睦び月に結びつきを確認する、やはり親族は死ぬまで切っても切れない縁で結ばれている。しかし昨今親もいなくなってトンと疎くなりがちな親族である。飛行機ですぐに飛んでいける時代になったのに、心は逆に遠くなっているのは僕だけだろうか。遠くの親類より近くの他人。親族が仲が良いのに越したことはないが、遠く離れた都会に住んでいると薄くなって他人の有難みを大いに感じる。特に僕が今行っているLiveLibrary時は心底思ってしまう。
「旅鴉の唄」「ギターは僕の友達」「スローロリス」「白い冬」「冬景色」「別れのワルツ」しみじみとオーナーの有難きコメントを思いながら~睦び月 尾張名古屋の冬景色~歌い終えた。
帰りがけにお店の方一同で声をかけてくれ、また是非お待ちしておりますと満面の笑みでお見送りしてくれた。何だかココロがつながったようでホットして嬉しくなった。これが本来のライブハウスの良さなんだよな。みんな忘れているかもしれない。たかが歌されど歌YAMAKINGSONGSさらばじゃ。
それにしてもテレビで一介の企業の問題を何時間も、おかしくないか?
表に出たらテレビ塔が、なんの涙か冬の雨か、地面がしっとり濡れて光っておりました。

スローロリスでミラーボールがまわります

水の底に映った月でもミラーボールが、変則チューニングに若いスタッフも見入ってました
大阪市西区/5th Streetネットやスマホは君や僕のココロの何を満たしてくれるのだろう
2025年01月26日 | カテゴリー: 山木康世
すごいと思われようとするココロが未だ未だ未熟者の証拠なのだな。
思いっきり良い爺さん良い婆さんを前にしてみろ。掌を併せたくなるだろう.合掌だ。あーアリガタヤアリガタヤ、ご相伴に預かりましょう。たかが歌、たかがギター、されど歌、されどギター。
欲を減らせることができればどれだけ幸福か。妬み嫉み嫉妬ジェラシー他者への異常な変な干渉、感傷、物欲、性欲、しかしよくよく考えてみたら長生きしたいと願う本心はどうなのか、向上心という誰が考えたのか知らないが、これは欲の塊の結果なのでは。けがれなき赤ちゃんを見ていると本当にココロ洗われて笑顔になる。猫を見ろ、犬を見ろ、みんなみんな損得勘定無しで生きるために食うためにウロウロしている。
アホウドリは長寿の象徴らしいということをどこかで聞いたか見たか。「風のアホウドリ」は「風のアルペジオ」などよりよっぽど素晴らしい。横槍の入ったアホウドリは直ぐに改良した。ここに書き込んでくれるアホウドリたちのお言葉は幸福の源だ。
どこまでも自分のココロの命するままに忙しい現代をウロウロして行こう。国の内外に見ず知らずの人間を斬りつける通り魔が出始めている。怖い怖い。ネット、スマホは人間を蝕み始めている。使い方を間違うと諸刃の剣、上手に使いこなしていこう、でなければ無関心も幸福の一つの手段かもしれない。
それにしても階段は殊の外辛くなってきた。2階が限度、3階になるとある種の決意を要する。バリアフリー、エスカレーター。エレベーター弱者のために用意された移動手段。しかし考えてみたら結果それが足腰を弱めてしまう。上らなくとも下らなくても良いところに住めば良いだけの話か。現代の両刃の剣か。諸刃の刃は使い方の間違いなので注意しよう。
大阪は西区の3階の一室で良い音の演奏会ができました。
お客さんも前田さんも階段をご苦労さまでした。上ったら下りなきゃならない。この宿命をなんとかクリア。温かい心のお方たちとの土曜の夕刻、一先ず幸福なひとときでした。ありがとうございました。
未だ未だ煩悩の塊のアホウドリは明日は名古屋に立ち寄って欲を減らす修行の身となり、魔物の巣窟東京へ戻る所存です。
あーあここのところお天気で上機嫌だ。

1曲目は「南風の頃」からスタート

ライブ生配信

最後は大阪と言えば「長距離運転」

おまけ
京都市中京区/somenokyotoのsomenoとは何ぞや?
2025年01月25日 | カテゴリー: 山木康世
まことに結構なお日和、1月とは思えない陽気さが連日続いている。京都河原町通にもさんさんと日差しが差し込み足取りも軽くなる。
今日は昼から後援会関西リーダー、できればお願いしたいお人を検討するミーティングに参加した。みなさんの熱い気持ちなどが聞けて有意義なミーティングだった。
応援し隊、踊り隊などを経て15年の歴史を持つ後援会である。空色の法被を着て北は紋別、札幌、南は北九州まで皆で応援してくださった若き日の思い出が蘇ってくる。いずれにしろ頭の下がる思いでいっぱいだ。紅茶と久しぶりのチーズケーキが美味かった。たまに甘いケーキが食べたくなる。糖分の取り過ぎが話題になる現代だが、たまに取る糖分は疲れを癒してくれる。
♪穏やかに巡る季節は旅人のように 黒いマントを風になびかせ消えてゆく♪
今日は配信があった。そこで本番3分前に登場「冬は夜空に星座を連れて」1曲を慣らし運転と称してサービスした。
6時0分開始。時報を合図に万雷の拍手「春は雨とサクラを連れて」を盛大な拍手の元歌い始めた。「四季折々の詩」は春夏秋冬同じメロディーの4部作である。楽屋に居た名もないワンちゃんを引き連れて「野良犬HOBOの唄」も歌った。動かない手触りの良いワンちゃんは生きていないが脳ミソの片隅で生きていた。名もないワンちゃんが介てくれたのは確かなことだ。介助犬と姿を変えたひと時だ。
アンコール最後の歌「静かに水の流れが 岸を削ってゆく」
明日は大阪のYAMAKINGSONGSを紐解く2時間が待っている。
皆さん、お忙しい中ありがとうございました。
~京睦月 今年を占う 歳はじめ~から~大寒 大阪 大吉ライブ~だ。

somenokyoto

歌うのはもちろん 野良犬HOBOの唄

歌に合わせて照明が綺麗でした
東京都北区スタジオ・アンダンティーノ 第3スタジオ(1階)でネコヤナギ
2025年01月23日 | カテゴリー: 山木康世
北区の、ここは田端といった方が頭に浮かんで気安い。滅多に用事のない北区なのでなおさらである。その上東京の北区が東区、西区、南区がない分イメージしにくい。今でも北区の中心はどこと聞かれても応えにくい面があるのでなおさらだ。北は荒川を隔てて埼玉県川口市に接する。川口と言えばキューポラの街だ。江戸時代にはサクラ、紅葉の名所だったとか。明治に入って軍用地として利用され火薬庫など重要な地区として発展した。
駅前風景は一端訪れると印象深い景色が広がる。北口改札を出ると「田端文士村記念館」が飛び込んでくる。多くの文士たちがここに住み着いて作品を残した坂の町。目の前からすぐに見えるアンダンティーノだが、行き着くまでが少々遠い。右に行くと記念館をグルリと迂回する坂道を選ぶか、左を行くと近いが急な階段を選ぶかの二通りがある。中々に興味深い選択である。健脚丈夫な若者は階段、ほかは迂回路が良いだろう。しかし大して変わりはない。あるとすれば肉体的に苦痛を伴う人にとっては迂回路となるだろう。しかし少し距離がある。人生航路になぞらえると面白い。
広めの駐車場が会場のすぐ横にあるので使いやすいアンダンティーノである。今日はあいにく着いたときは満車。しばし考える。「どうしたものか?少し様子見で待ってみようか。それとも周辺を探した方が良いか?」結局道ばたに停めて待ってみた。予想通り一人のお客さんが急ぎ足で駐車場に戻ってきた。待つこと3分、精算を済ませて出て行った。すかさず右にハンドルを切って中へ。予想が当たって足取りが軽い。今日は良い日だぞ。
1曲目は♪ずっと待ってた♪の「WaitingCircle」自分で自分の道を予想を立てて切り開いてこそ価値がある。他者頼りの道は楽かもしれないが面白みがない。「西陽の中を」「MoonnightCarnival」と続いて「冬の華」「春の雨」など10数曲、アンコールレゲエ調「風来坊」そして「長距離運転」で幕を閉じた。
今日は本当に春近しという感じの陽気だったが、陽気の良い日は進んで歩いた方がいろんな発見があって面白い。会場近くの坂道に面した立派なお屋敷の庭に「ネコヤナギ」を発見、次回此処を通りかかったらどんな柳の木になっているのか楽しみである。因みに名前の由来は銀白色の産毛のようなつぼみが猫の尻尾に似ているからだそうだ。
明日からは関西、名古屋と出かけてくる。YAMAKINGSONGS何曲を歌えるか楽しみだが、「今」を感じることのできる弾き語り、並びに配信にめよう。
本日はみなさまお忙しい中、誠にありがとうございました。

次回は2月19日です。
埼玉県熊谷市/タニタ楽器熊谷本店5Fホール人生の日曜楽器屋さんで思うこと
2025年01月20日 | カテゴリー: 山木康世
日曜の楽器屋さんの駐車場に車がたくさん停まっている。お母さんに連れられて楽器を習っている子どもたちが車から降りてくる。何を習っているのだろう。
僕は幼稚園に行ってない。幼稚園自体の存在も知らないで小学校へ上がった。何と言ってもランドセルを背負って学校に行くことが鼻高々立った。確か小樽の叔母さんがクリスマスプレゼントでくれたもので、男の子の黒いランドセルで嬉しかった。
音楽の時間、先生はオルガンを弾いて歌を教えてくれた。札幌に移って月に一回の誕生会の日に女の子が弾くお琴を初めて見た。音色も初めて聞く音だった。とても裕福な家の子どものように思って教室に響き渡る音色を聞いていた。
子供時代に楽器を覚えることは口では言い表せない情操教育を育むと考える。上達することの面白さを覚え、自分も楽しみ、それを人に伝えられることは説明のつかない喜びで、それまでにない感情を覚える。
今降りてきた子どもの表情は明るい。決して暗い子どもはいないはずだ。しかしいやいや親の勧めで逃げ出したい子どももいるだろう。お母さんの手を握って子どもは同じエレベータでどこかの教室に消えていった。
ギターを弾いていると、この年になっても時間を忘れる。そりゃ上手いに越したことはないのだろうけど、ギターの音色が好きでここまで来ている。理由を聞かれても応えられない。好きなものは好きとしか応えられない。
今日も時空を超えて共有する事のできる思い出の歌を「今」の脳みそで沸き起こってくる感情で再現する。2時間ギター1本勝負は考えてみたら大変なことである。好きなことでなければ椅子に座ってではあるがジッとしていられない。しかし重要なのは言葉である。何を歌いかけるかで時間は短くもなり長くもなる。やはり月並みだが好い歌を奏でなければならない。
仕事上3日に一回2時間は「今」を興じているわけだが、15歳から初めた情操教育は今でも続いていて僕のココロを安定させ穏やかにしてくれる。
下の階のさっき消えて行った子どもは何を感じて楽器と遊んでいることだろう。決して泣き出したりしてはいないだろうな。頑張れよ、楽器は死ぬまで楽しむことのできる人類が考え出した最高の玩具なんだからね。
争いのない平和な世界の指導者の経歴に楽器演奏はどこそこ大学卒業よりも大事なような気がする。
比較的穏やかな天気のもと熊谷タニタ楽器ホールにお越しの皆さん誠にありがとうございました。
~熊谷冬景色 燃ゆる想いの午後の調べ~
山木康世後援会よりお知らせ
2025年01月19日 | カテゴリー: 山木康世後援会
山木康世後援会よりお知らせです。
1月24日 京都somenokyotoのライブ前 13:30から、後援会ミーティングを行います。
2025年の活動内容について意見交換をしたいと思います。
時間は、13時半から 参加いただけるかたは、川口まで連絡下さい。
山木康世後援会は、随時会員を募集しています。
活動費として、年3000円を納めていただいて、山木康世さんの事務所である山木倶楽部の活動をご支援させていただいています。
ライブの宣伝や、ホールコンサートのお手伝いなどを実施しています。
協賛いただける方は、是非一緒に活動しませんか?
そして、一緒に1月24日のミーティングに参加いただけますか?
今回は、山木康世さんもご一緒に参加いただき、2025年の抱負についても語っていただけます。
参加ご希望の方は、080-3503-3813 kouenkai@yamaki-club.com 川口までご連絡下さい。
22日までにご連絡下さいませ。
よろしくお願いします。
埼玉県さいたま市アトリエMはなんのM?
2025年01月19日 | カテゴリー: 山木康世
「たかが歌されど歌」50年作り続けてまだまだ作り続ける。
こんな言葉を芳名帳ならぬ出演者ノートに記してきた。初めのページはコロナの収束もままならない頃の話で光栄なことに僕が記してあった。アトリアMの御夫婦は必ず到着時間を見計らってか、お二人でお迎えお待ちくださりありがたい話である。旦那さんは甲斐甲斐しく壁に旗を吊るしてくれたり、ブラインドのことなどで応対してくれる。
今どきは会場への鍵番号を事前に通知、それを頼りに中に入り、終わっても同じく鍵をリセットして帰って来る。こんな場面が当たり前になって、無人で部屋を借りるシステムが常態化している。室内には無人監視カメラが見張っていて勝手を許さない。配信と一緒にコロナが顕著化して変化を遂げた社会の進化とも呼べるような小さな変化である。そこに関わり合わない方には全く関係のない小さな変化である。初めの頃には少々頭をかしげたくなるような感じもしたが、慣れてしまえば実に合理的な「今」であることだと感心していた。マイナスをプラスに変えたコロナのお陰と言っても良いくらいである。70歳過ぎてからの小さな社会の変化。
「歌」は当事者にとっては大きなココロの働きかけ、動きであろうが、関係のない方にとっては無関係、無関心の存在である。
「歌は世に連れ、世は歌に連れ」という言葉もある。恐らくヒット曲を指してのことだろうが、当事者の双方にとっては「たかが歌、されど歌」なのであるな。いわゆる流行歌ではない歌を作り続けて51年目生活である。未だ枯れずに作り続けている作業は趣味と言って良い。まさかこんな人生を歩むとは誰が予想したであろう。15歳のときにギターを知らなければ絶対になかった人生であると言い切れる。それほど切っても切れない人生の手段となってしまったギターという楽器。
75歳辺りから認知症が顔を出し始めるという。誰も説明のつかない寂しい病である。いつ何時身に降り掛かっても誰も気が付かない。自分の脳でありながら自分を説明できないという実情をなんとする。ひとつだけ言えそうなことは、いつも休まないで脳を体を使い続けることが防止の手段である。昨日と同じように自分の毎日を切磋琢磨することが病がよって来ないための自己防衛方法なのだろうな。そのためには趣味は大事である。無我夢中になれる趣味は認知症を遠ざける一番のサプリメントである。それも無過値が良い。目的など要らない。対価などもってのほかだ。自分の為が一番である。千差万別な他人の評価など気にしない。本当に好きなものには他者への説明などいらない。自ずと行動を起こしているのが趣味なのだろう。
明日は熊谷である。趣味が高じて仕事になって、さらに道楽とも言えるような音楽生活。お付き合いしていただけるのなら、どうぞお気をつけてお寒い中お越しになり、ともに時間を共有してくだされ。そこに何かの発見があるやも知れない。説明のつかない無我夢中な時間を持てそうな予感を夢見ておリます。それも「幸福」の一つに間違いはなさそうです。
「たかが歌されど歌」

シンプルで素敵な音楽サロンです

次回をお楽しみに
千葉県佐倉市/Salon P-Square(サロンピースクエア)ニューフラッグ初日
2025年01月18日 | カテゴリー: 山木康世
記憶とは不思議なものである。さっきまで覚えていなかったのに、楽屋のカーテンを見たら、まざまざと蘇ってきた。前にここを訪れたときのことが思い出された。そうだそうだ、ここにトイレがあってピアノが置いてあり、天井からシャンデリアがぶら下がっていた。今まで生きてきて見たもの、食べたもの、人とのことなどが何層にも重なって脳の記憶の引き出しに仕舞われている。普段は印象深いことや最近のことなどがすぐ上の層に仕舞われていて直ぐに思い出すことができる。そんなイメージじゃないかなと思ったりする。実に脳の3%しか使われないままで終えて行くそうだ。そして毎日生まれ変わって新陳代謝を繰り返しているとも言う。
そんなこんなで会場の真ん前に立っても、ドアを開けても思い出せなかったが、奥の楽屋のカーテンを見たら如実に思い出した。2回目である。記憶には建物の印象深さも関係していると思う。Salon P-Square(サロンピースクエア)は何回言えば、聞けばしっかり脳みそに刻まれるのであろう。
今日から新しいフラッグを用意して後ろの壁に吊るした。この写真も一見して命が吹き込まれていると感じた。直感である。弁天様とのツーショットも直感で一昨年のバースデーから全国各地回ってきた。2025年、年も開けたのでこのYAMAKINGSONGSにふさわしいフラッグを用意した。
本編は「さすらい(漂泊)」で始めた。この歌はいつ何時何処で歌っても自然体で会場の雰囲気に溶け込ませてくれる。僕には非常に歌いやすく表現しやすい歌である。50代最後、還暦を前に作った25年物である。しかし今栓を明けた酒のような香りが漂って来る。
今日のお気に入りは「冬の華」と「白い冬」だった。オープンDMaj7に身を包んだスズキは一音一音繊細で緻密ではないがいかにも鉄の糸がこすり合って響き合ってガサツで良い。荒々しい冬の華と相成った。
「白い冬」は52年前の学生の頃の未知なる将来のこの歌の持つであろう宿命、何を迎え撃っても良いのである。悪いことでなければ誰にも文句を言われない表現の自由さで思いっきり今を弾いてみた。チャレンジである。マンネリの怖さを知れである。自らが招くいやらしいほどの妥協性の怖さである。
今日の収穫は恐らくニューフラッグにあったのだろう。その場を物言わず語りかけて作ってくれたフラッグ。明日から何日間LIVEという名の人生そのものと共同歩調で僕を救ってくれるのだろう。
お忙しくお寒い中みなさま誠にありがとうございました。
きっと佐倉宗吾も時空を超えて見に来てくれたでしょう。明日は「さいたまアトリエM」に参上いたします。

新しい旗はいかがでしょうか

スズキギターがよい味を出してます
東京新宿永谷ホール(Fu-)詩のココロとは
2025年01月15日 | カテゴリー: 山木康世
新宿は僕の気性に合う。昔と今が絶妙なバランスでマッチしている町。人間の喜怒哀楽があちこちに垣間見られるようで妙に安心してしまう。その昔の宿場町の持っている、あちこちからやって来た人が、翌日にはまたみんなどこかへ行ってしまうような町の宿命。そんな新宿の真ん中に歌舞伎町が、そのすぐ隣には副都心の超高層ビル群がニョキニョキと、町を歩くと昔の地名が大事にされているという。
新宿永谷ホールは「デイジー」で始めた。ふきのとう時代の歌であるが歌詞が大幅に変わっている。当時も随分悩んだ末にアイスホッケーに落ち着いたのだが、長い目で見た場合、やはりあまり具体的テーマは命短しと考える。
もう1曲「桜の樹の下で春を待ってる」このメロディー構成は我ながら絶品と思う。しかし詩がデイジー同様零戦が出てくるなどテーマが少し無理があったか。元歌は新井薬師に住もうと考えた時の西武電車に乗って下見に来たときの詩だった。これも初めての歌い上げだったが自然体で良かったな。
歌の持っている宿命。メロディーは動かしがたいが詩は時代によって、または作者の年齢によって変更可能で、今で言うアップデート、更新というところか。流動的であるが故に、ホントのところが変わってくると言うことなのか。しかしそれも人間千差万別、ひとそれぞれの考え方の違いで好みも変わってくると言う面も持っている。
詩の大きな役割は本体の真髄が何であるかまで行き着いてしまう。ヒット曲はキャッチーな題名が命である。小説など何ページにも及ぶ内容を一言で言うのだから当たれば素晴らしいものになる。オリジナリティーで生きてゆけたらその道は険しく辛いモノかもしれないが、生まれてきた意味合いが強く出てきてその人ならではの「道」ということになり拍手喝采だ。
「たん切り地蔵尊」は四谷の路地裏の片隅で今日も
オンカーカーカービサマエイソワカを聞いてくださって、ひっそりと不動のお姿で見守ってくださっている。
皆様お忙しい中誠にありがとうございました。
江東区森下Studio Chez Claude(スタジオ シェ・クロード)♪おん・かーかーかー・び・さまえい・そわか♪
2025年01月13日 | カテゴリー: 山木康世
中野から10キロ、30分で着くとある。3連休の中日、都内の道路は空いていて快適この上ない。
13日が成人の日。20年前の2005年に生まれた方がめでたく成人なのだ。おめでとー。2005年と言えば自己流、宇宙の子供へラブソングなどの頃の話であるのでちょっと前の時代ですな。
♪君は本当によく来たね 町へようこそ この星へ
近所の犬や猫も 裏庭に集まってみんなで花火上げた
葡萄畑に蛍が飛んだ 夏の夜空に星が流れた♪
ライブが終わって帰りがけに御長老のお客様からたん切り地蔵の話を小耳に挟んだ。正式には「たんきり子育て地蔵尊」四谷の消防署の裏手にあるという。
♪おん・かーかーかー・び・さまえい・そわか♪
上はそのご真言である。
小生の中々とれないせき・たんをおもんばかってのことであろう。ありがたい話である。
みなさまお忙しい中ありがとうございました。14日は新宿永谷ホールでみなさまを思って51年にわたる自己流真言を唱えようではありませんか。心よりお待ち申し上げますでYasu

赤のリハーサル

黒の本番