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愛知県新城市/ライブステージ弦 もはや禅問答の境地か!?

2025年03月16日 | カテゴリー: 山木康世 

ちょうど1年前、お店の前につながれたシェパードのワンちゃんを楽しみに訪れている。久しぶりの犬小屋の横に車を乗り入れて何だか空気が寂しかった。マスターに聞くと半年ほど前に病気で亡くなったという。元気に走り回って歓迎のワンワンという声も今はないという訳か。病気は人間でも動物でも切ない。刹那に生きる。
時間の最小単位で一つの意識の起こる時間の一瞬間を言うらしい。目の前の快楽を追い求めて生きることの切なさが刹那。なるほど。あまりにも手の届かない快楽を求めている間に、知らぬ間に忍び寄る病という名の本人自らの手に負えない事態に道半ばという話はよく聞く話。
ギター1本弾き語りの2時間は刹那の連続、連鎖で終わっていると言っても過言ではないかも知れない。
50年前には絶対に出来えなかった芸当である。
50年前の自分の言葉をメロディをかみしめてギターがそのお供をしての2時間である。コロナ禍以降特に感じる時間の大事さ、重要さ、そして虚しさ。刹那の為せる技か。明らかにヒット曲狙いの言葉、メロディではない音楽人生の50年であった。ふきのとう時代の18年は使命感に燃えていた。その時代を終えてからの33年はまさに自分のための修行のような時間だった。
人生とは自らの道の追及に他ならない。やっと解ってきた言葉と言葉の隙間の素になる時間の脳への刺激、決して音の大小ではない。むしろ聞こえない隙間に聞こえてくる、自分自身との対話である。なんだか禅問答のような話になってしまった。
人はどこから来てどこへ行くのだろう。
ディランは答えは風に舞っていると言ったとか言わぬとか。
終わってから「弦」の壁にサインをして確かな足跡を残してきた。3回目のアホウドリの飛来は、去年と少し変わっていたでしょうと自負する。
みなさんお世話になりました。傘を指してお見送りいただいたことに感謝します。犬小屋からワンちゃんのサヨナラも聞こえてきました。こうなると幻聴の域か、アブナイアブナイ。
お忙しい中みなさんありがとうございました。どうぞ自らの免疫力を信じてお元気で刹那を生き抜きましょう。

雨の中をお越しいただきありがとうございました。


オーナーの青山さんと


3度目の公演でした

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