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日本橋小舟町は母とつながっていた町

2026年03月20日 | カテゴリー: 山木康世 

「小舟町」の読み方は、にほんばしこぶなちょう(東京都中央区日本橋小舟町)です。単独では「こぶなちょう」と読み、江戸時代から続く鰹節や乾物問屋で栄えた歴史ある地名です。浅草寺の「小舟町」大提灯や金融・実業界の歴史的発祥地としても知られます。
明治〜昭和初期に富商が多く、安田銀行(現・みずほ銀行小舟町支店)発祥の地。
浅草寺・宝蔵門(旧仁王門)の大提灯は「小舟町」の寄進として有名
なるほど。ウインドウズの元、今までは電子辞書による検索結果から記事を書いて妄想を働かせて一つの文章を導き出していた。前回ダイアリーから世の中、好むと好まざるにかかわらずAIが当たり前の時代になってしまった。なんだか人間の出る幕が減って感傷的になり悲観的AI世の中のムードが広がる中、僕はむしろ限られた生存時間を大幅に有効に使えるものとして大いに活用できてむしろ喜ばしく、ポジティブになって目の前が明るくなった気がしている。
今回のピアノ音楽堂は日本橋小舟町にある。ここはおそらく戦火にあって焼け野原、再建された碁盤の目の街である。一方通行が多く慣れれば何のことはないのだが、すぐ目の前の通りになかなか行き着けないという街でもある。
そしてなんと「こふねちょう」だと思っていたが「こぶねちょう」が正しい読み方と知った。そしてなんと安田銀行、現みずほ銀行発祥の地とも知った。母の函館遺愛女子学校卒業の就職先が安田銀行であったことを思い出した。記憶に間違いがなければ何かの糸が今日の日を導き出したものと思われる。
「小さなライブハウス」の元詩は1993年1月に書いていた。テキストデジタルデータはPCが何代も何台も変わってもしっかり生き残っていた。その頃のデータは「小さなレストラン」先日作り変えて「小さなライブハウス」とした。残念ながらメロディは宇宙の彼方へ葬り去られて、僕の脳みその膨大な記憶の棚にも保管されていなかった。この際とばかりに改作した。そしてギターのコードフォームも少々変えて作ってみた。夜中に作ったせいか静謐で忍びやかなメロディーが導き出された。
日本橋小舟町音楽堂へご来場のみなさまへ日頃の感謝としまして聞いてほしくて録音、データ転送と相成った。プロなら商売にしなくてどうなると言われそうだが、先日聞いたAIの奏でるシンガーソングライター、ニューミュージック編で目から鱗、口をアングリ、狂喜乱舞、抱腹絶叫、阿鼻叫喚ハンドルを握る手がしばし麻痺してこんな世の中に生き始めているんだと実感した埼玉からの帰り道。まるで料理を作るがごとく素材をAIに告げるとモノの数秒で見事な歌声を披露した。特にアレンジが秀逸だった。プロもアマチュアもなくなってしまった。境界線が見えなくなった時代の始まり。しかしである。
心の微妙なニュアンスは伝えきれない。その人その人個人の古代より引き継がれてきたDNAの紐の個体差までにはAIは関与できない。
「小さなライブハウス」は時代の出発歌として捉えてほしい。51年歩いてきた道の終わりであり始まりの歌。
数人のココロに深く浸透していったはずである。それが今現在の新曲の豊かさの象徴として僕のココロに刻まれたのである。いつの日か売れるかもしれない。しかし残っていることは確かである。
広告主が幅を利かせて大声で大音量でがなっても、届かないものは届かなく命短く消えてゆくのである。それにしても土足で我が家に入り込んでくる広告主には辟易する、どうかAI様退治してくだされ。

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