さいたま宮内家での梅は咲いたか桜はまだですか?
2026年03月02日 | カテゴリー: 山木康世
世の中時短時代である。効率性を求めて長い単語を短縮して使う。
「やさおも」→「やさしさとして想い出として」
「かぜふか」→「風に吹かれてMinstrel」
「ほしてん」→「星は天から大地」
初めて聞いたのは、ふきのとう時代で何もそこまで省略して言わないでも良いのにと思いなじまなかったが慣れてしまえば何ということはない。
今日は「そらほし」でスタート。季節柄非常に歌い甲斐のある歌を選曲した。
♪こちらは春一番が吹きました 梅は咲いたか桜はまだですか♪
1年のうちで3月は衣替えのような季節で明るい希望が持てて好きである。それと同時に年度末で何かとあわただしい。松虫さんたちも新学年になり一時みなと離れ離れ。YAMAKINGSONGを一生懸命歌ってくれたことをいつまでも覚えているよ。あの頃は12月冬の入り口真っ最中、それから3か月。早いなぁ。子供は毎日夢中で生きているので長さなど感じないのだろう。かくいう自分もその昔は鼻たれ小僧。みなさんお元気でしょうか?
地元の関東バス代が3月から10円値上がり、230円から240円になった。無料パス制度ももらえる高齢者になったのだけれど、僕はパスしている。高齢者を自ら加速するようなパスはパスしている。もったいないと思ったら進んで1kくらいは歩いてゆこう。
先日バスを待っていたら女高生らしき4人のお客が前にいた。やがてバスが見えてきた。その中の一人が小声で「エコモリ」だ。エコモリ?一瞬脳みそが翻った。エコモリ→江古田の森。合点がいった。と同時に笑っていた。ここでも時短が自然に流れている。教室などではどんな時短がなされているのか。
「コミケ」も聞いたことはあったが実態を、その日の夜テレビで知った。75年発足、実に50年の歴史があって今では6万人ほどの人間がコミケ大集合。まったく触れずに51年、ふきのとう、YAMAKINGで疾走してきて今日の宮内家にいた。
歌は世につれ、世は歌につれ。50年は長いようで短かったが、時短で語れるほど短くはなかったようだ。歌詞はその年齢の時に作ったものだが、今でも同じ表情をしている。メロディーも同じである。近頃のライブは昔の自分を訪ねて再認識しているようだともいえる。しかし本人の身も心も違うのであろう。非常に面白い、昔日の自分への訪問なのであるな。特に歌詞は変化していないと不自然なのかもしれない。
せめて週に2度ほどの2時間くらいは「時短」ではなく、「自嘲」気味に「自重」なる「時長」で行こうではないか。

コメントする
