東京都渋谷区参宮橋革命と鍛錬「バンザイ馬耳東風」
2026年02月01日 | カテゴリー: 山木康世
2つの箱に収納されたボクシングの赤や青の大きなグローブ。ボクシングは相手を倒すまで終わらないというスポーツ。負けた方はリングに屈辱のキスをする。勝った方はコーナーに駆け上がり、われこそは王者なりとガッツポーズ観客へ投げキッス。珍しい勝敗のハッキリしたスポーツ。もしかしたら相撲もそうかも知れない。選手は人知れず夜な夜な練習に励む。ただ相手を倒すのみ。人気の野球やバスケ、サッカーなどは穏やかなもんだ。相手が倒れるまでやったら試合にならない。
滝に打たれて修行を積んで心の鍛錬を積み重ねる。勝てるのは修練の賜物。
武力こそ使わないが脳みそを鍛えて、ある種の革命を起こす。歴史の中で革命と呼ばれる、民衆の蜂起は何度も行われてきた。抑圧された政府への抗議は次第にエスカレート、遂には暴動へと化し民衆は興奮へと突き進む。そのうち当初の考えや思考はそっちのけ、相手を倒すということが主題となる。
選挙なども革命に近い行事なのだろう。選挙カーに乗って、ご近所様のご迷惑を顧みず我が名前を連呼する。そんな子供じみた手法で本気で勝てるとでも思っているのだろうか。しかし勝てるのである。1票違いで当落が決まってしまう民主主義の選挙は本当に公平なのか。行かない人の声なき声は無視だ。もしも1票差で勝った人が悪人で負けた人が善人であっても責任は問われない。名前の知れた人は、本気でやる人なのか。
そこで考えた。スポーツにしちまえ。何かお題を決めて、とある競技会場で「あなたこそ一休さん」相手が遇の音を言うまで徹底討論。最後に勝ち残った候補者の雄叫びを聞いて選挙は終わり。政治家は本当に良い金をもらって優遇されて良い仕事をしているのだろう。
近頃考える。勝手に手足が動いて、喉元から言葉が吐き出される。その昔には考えられなかった自己流音楽作法。若さにはエネルギーという馬力が備わっている。それが徐々に穏やかになり外へというより内へと気分が高まり自身が恍惚となる。恍惚の人である。恍惚とはうっとりして物事に心奪われてぼんやりした状態、または意識がはっきりしない状態を言う。革命や鍛錬の時間が終わって人は恍惚へと向かうのか。まぁ相手を打ちのめすのは良くないが、長い時間かかってその人だけにしか分からない両者ともに静寂のノックダウン。
ボクサーに去来するのは何だろう。昨日のことだろうか、それとも1年前、それとも遠い昔のコーナーに駆け上がっての雄叫び姿か。いずれにせよ勝手に繰り出されるパンチの妙味は本人にしか分かり得ない醍醐味なのだろう。
選挙で勝ち残った候補者は「バンザーイ」と大声で連呼する。その昔「バンザーイ」と叫んで南の島に散っていった兵士がいる。「バンザーイ」は不思議な妙薬であるな。
ライブが終わってギター、荷物を引きづって駐車場へと向かう。今夜は月が出ていない。風もない。昼間より温かいような気がする。1000円札しか認めない駐車場の札入に向かって小声で「バンザイ馬耳東風」
