「湯冷めして風邪引くんじゃないよ」
2010年12月17日 | カテゴリー: ミュージック・コラム
そうだった、そうだった。
真冬の銭湯からの夜道、頭上には宝石箱をひっくり返したような星屑がひしめき合って光っていた。光っていたと言うより、夜空は白かった。というわけで天の川なんてわかるはずもない。どこが川でどこが河原でどこが草むらかなんて境がない。
体からは温もりの余韻が蒸気となってほとばしっている。髪の毛と言えばまるで鶏のトサカか剣山を乗っけたような感じでカチンカチンにとんがっている、風呂屋を出て、ものの数秒でこの始末、手にしたタオルを振り回す。どうですか、忍者の如く夜道を忍び足で、手には白い刀が握られているではないか。いつの間に、さっきまで体をゴシゴシ洗っていた、あの白いタオルが変身している。キャッキャッ言いながらチャンバラごっこで帰ってくる。
果たして気温は何度だったのだろう?寒いことは知ってはいたが、冷凍庫の中にスッポリとかのたとえを知らなかった。冷蔵庫なんて夢の夢のまた夢。
それにしても昔の母親たちは冬の間はいいとして、夏の時期をよく冷蔵庫なしで過ごしたもんだ。こまめにこまめに市場に買いに行ってたんだろうな。家族分、キッチリと剰らないようにやりくりしていたんだろうな、えらーい!洗濯機だってないから、朝から家族分の汚れ物を半日かけてお洗濯、洗ってゆすいで絞って干して、えらーい!
母の手も体に似合わず大きな頑丈な手をしていたのを思い出す。
まさに家族を守り養い育てた愛情いっぱいのグローブだ。何でも受け止め、お茶の子さいさい、目の前で魔法の如く問題解決。かぁちゃーん会いたいよ、と言ってみたくなった。
明かりのともった窓が見えてくる。玄関を開けたら常夏の世界が待っている、と言いたいところだが、アカギレやシモヤケがすぐにできるほどの暖かさしかなかった昔の室温。母はタオルで待ってましたとばかりにゴシゴシ、トサカを人間の髪の毛に戻してしまう。伝家の宝刀もすっかりしなびて石塚商店御用達と相成る。
「湯冷めして風邪引くんじゃないよ」冬の星座の向こうから母の声が聞こえてくる。
山木康世