となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

埼玉県さいたま市音楽サロントトボーノあれから4か月一つ歳をとって世界も変わり続ける

2026年01月10日 | カテゴリー: 山木康世 

前回は昨年の9月に行っている。日記を見ると事務所の近所で行燈を見つけて初めて使用した日となっている。あれから車で移動できるところには必ず持参して会場内室内の調度品、実用的な灯として活躍してもらってきた。あれから度重なるYAMAKINGSの現場で大いに力をもらってきた。当方の管理不行き届きの性分も手伝って、ある日、不具合が生じて台座に支障をきたして回復を試みたがうまく直らず今回は不使用となった。
我々の生活、特に夜の生活には電気の存在は不可欠なものとなっている。その昔には夜の明り取りには火を焚いてその明かりで昼のように生活をする、しかし夜に活動するのは夜行性の動物と泥棒くらいで人間はもっぱら、夜は寝るということで決まっていた。そして一部の人間が夜も活動したいと思い、またはやむを得ず火を焚いて活動、朝の太陽の出番を待ち飲んでいた。それが現代では夜も昼も当たり前のようにスイッチ一つ昼のような明かりを得ることができる時代になった。
しかしその明かりも元がないと照らしてくれない。そこで究極の原子力という手段の明り取りが経済的に一番と世界各国で重宝される時代があった。しかしご存じのように2011年における東北の大地震により原発の重大事故が発生、日本は他国同様大変な時代に突入。そして巨大地震、富士山噴火の予測がたびたびニュースになり、それほど経済だけでは語れない局面に入った。それでも専門家の調査によって再稼働合否を決められ、一時止めていた原発再稼働、本当に大丈夫なのという物騒なニュースも入ってきた。人間の人知の範囲を超えた大自然の驚異にあれほどおびえて懲りてきたのでは僕なんかは思ってしまう、いわゆる喉元過ぎてなんとやらである。
ホテルの8階の窓から見える勝田台の夜景。朝まで寝ずに都会の明かりは消えないままが当たり前になっている。本当に必要なのか、こんなどうでもいいような明かりのために原発におびえて暮らしているのか。そんな疑問はいつも頭から消えない疑問符で脳みその片隅に点っている。
電気は便利で人間の生活を大幅に向上、快適にしてきた。しかし人間の歴史において電気の生活はごみのような一部通過点の一点でしかない。1600年あたりであろうか、世界的に学者がしのぎを削ってここまで来た。電気によって睡眠障害などの病気も出てきた。こうやって文章を書いているのも電気のおかげである。電気のない生活など考えられない時代ではあるが、ちょっと立ち止まって子供の頃を思い起こすと、夜は暗く昼は明るいが普通だった。異常にたよるのも良くないのかもしれない、が電気のない生活は考えられないとジレンマは続く。戦争や紛争などやっている暇はないのである。
分からなくなってきた。
近所で入手した行燈は4か月の命だったのか。そんなはずはない。もっともっと慎重に扱えばと思ってしまうが後悔先に立たずである。何とか復活をさせてみると格闘の日々は続く。
市川市のサクラコートホールでは使用は叶わないが、いずれ元気な姿を見せると確信している。

浦和駅からすぐの場所にあるトトボーノ


体調は90%okです


お客様は全国7つの道県からいらっしゃいました

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