埼玉県志木市ドットブリッジ志木ありがとうジャイアン松組との日々
2026年01月20日 | カテゴリー: 山木康世
ジャイアン松組合唱団との遭遇は、ただ自分の歌の確認、汚れのない心を洗われる歌声にとどまらず、いろいろな変革をもたらしている。
歌に限らず人間は生きていて日常茶飯事においてあざとく生きている。これを悪と捉えるか善と捉えるかであるが、人間には他の動物にはない知恵の力がある。この力のお陰で進歩してきた。生まれたときには、未だ備わっていなく後に獲得するものと思う。
やがて知恵は悪い方にも考えるようになる。いわゆる悪知恵、浅知恵である。人を出し抜いたり、嘘をついたり、騙したりして自分は人より前へ。詐欺などは悪知恵の最高峰だろう。戦争を考えてみると、自国が勝って生き抜くためには技術的進歩、これは悪知恵のようにも見えるが知恵の恩恵なのである。こうなると悪も善も区別がつかなくなる。無常。子どもたちの行動。もちろん歌う行為なども小学2年生の頃はまだ未発達であろう。聞いてる人の気持ちなど無関係、自分が良ければそれでいい。おそらくこの頃が最後の年齢ではなかろうか。
僕達は大人になって失くしてしまったひとつに、この人に対して計算のない汚れのない心であろうか。いつもいつも損得勘定で生きることが良い道のように錯覚して計算しすぎて生きているきらいがある。もっと素直に大声で人への配慮も少し緩やかに生きていってもいいのではないか。現代社会の荒波にもまれて小賢しく、自分を我慢し収めて生きているのではないだろうか。そんな折での歌声に、ハッと気付かされた。あれ以来自分が歌う行為や人の歌う行為、既存の楽曲などへのあざとさが鼻につくようになって、少し方向転換。ドットブリッジでは普段あまり歌わない、どちらかと言うとサブメニュー的なYAMAKINGSでまとめてみた。実に楽しく心が弾んでいた。「ふきのとう」への反動であろうか。恐れ多くも松組にはなれなかったが、心は松組、忘れていたモノを少し取り戻したような気がして良い一日だった。
ありがとうジャイアン、松組、そしてあの日を采配してくれた神様にお礼を申し上げます。
まだ終わってはいない松組の感動。始まったばかりで今年のテーマのひとつではある。「無常」という言葉に突き当たる。こんなことを思いまとめてみた「瓦版花鰹133号」、すでに発送準備完了の良い心持ちの小正月も過ぎて、いざ発進2026年、オンマサンに飛び乗ってどこへ行こうか。
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