となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

旅人の知恵

2010年03月13日 | カテゴリー: ミュージック・コラム 

ホテルに少し滞在したとする。
ちょっと時間をもてあまして、ふと考える。そうだたまった下着や靴下を洗濯してみようと考えたとする。
洗面所で3枚ほどの洗濯物を洗ったとする。ハンガーに吊して都合良くバスタブとの境目にあった突っ張り棒にかけたとする。
朝起きて意外に洗濯物が乾いていなくて、着ることもできずまだ湿り気のある3枚を急いで取り込んで帰り支度をしたとする。
帰路、頭の中には3枚が湿ったままでこびりついていたとする。
これでは折角の洗濯が選択ミスということになる。
その防止方をお教えいたします。

洗濯物を絞ったら、ホテルのバスタオルでクルクルと巻いてきれいなところで素足で青竹踏みのように踏んづける、踏んづける。数回踏んづける。理想はウエイトが重い方が効果的である。にわか乾燥機のお出まし。きっちり水分を吸ってくれたおかげで洗濯物は半乾きとなる。翌朝洗濯したきれいな下着と靴下で帰路につく。

心に湿った洗濯物があるとする。
旅先で洗濯物を持って思いっきり太陽の下に出かけて、海に入ったりしてみる。
千年の杉を見に天を突くような山に登ったりしてみる。
大都会に出かけ、大金を懐に一日中買い物に耽ってみたりする。
久しぶりの友に電話して歓楽街で朝まで飲み歩いたりしてみる。
降るような星空を眺めに田舎の山奥に行ってみたりする。

そしてホテルに戻って、ふと考えてみる。まだ、全然洗濯物は乾いていなかったりする。
世間は思ったほど他人に無関心な浮き世であると気づいたりする。
そんな世間の乾いた風を待っていても一向に乾かす風は吹いてこない。風向きは相変わらず湿った最悪の北風だ。湿ったものは絶対乾いたりしない。

旅人は重たい腰を持ち上げて、自省というタオルに丸めくるめた心の洗濯物を踏んづけ始めた。何度も何度も全体重をこれでもか、これでもかと踏んづけた。
徐々に洗濯物のわがみから、ねたみ、そねみ、うらみ、にくみ、やっかみ、くやみ、いたばさみ、まつみと言う水(み)が絞り出されてきた。
翌日すっかり乾いた洗濯物をバックにしまい込み、旅人は軽い足取りで帰路についた。何度でもやり直しはきく。新規まき直し。
空には天晴れな太陽がキラキラ輝いていた。

こんな知恵を旅人はいつの間にか身につけた。

(山木康世)