ギブソンB-25のピックガード
2010年06月01日 | カテゴリー: ミュージック・コラム
我が愛器ギブソンB-25は手前味噌で申し訳ないが名器である。名機であることも明記しておこう。
マーチンの華やかな音色とは異なり、実に低音の効いたドスのある音を出す。
原宿の竹下通りの2階の楽器屋で入手した。1990年頃だったと思う。20年近く我のものである。その前に何人の人の手に渡っているか想像できない。製造されたのは1960年代後半のものと思われるが詳しくは知らない。世間にはやたらその辺のことが詳しいマニアがおられる。この時代のものは、表板は何々で裏は何、何本製作されたものとか恐れ入谷の鬼子母神でござる。
ギブソンはマーチンで働いていた男がのれん分けして会社を立ち上げ、独自のファンを開拓、現在に至っているという。明らかにマーチンとは異なるギターである。これほど明白に示してくれると選択に困らない。似たようなデザインで音も似通っていると悩むところである。はっきりと主張を持ったギターは魅力的である。あとは持つ人との相性に関わってくる。人それぞれ千人千色。楽器などは演奏して聴かせて喜んでもらえる、と同時に演奏者自らも喜び楽しんでいるのである。心の現れが楽器から現れ出でる。
いろいろのスタイルがある。寸分の狂いも許さない人、かなり緩い人、コピーをすれば天下一品の人、がさつで荒々しい人。みな心の現れである。
先日ピックガード(ギターボディの中心に穴がある。その下部に演奏時、ピックが本体にあたって傷が付くのを防ぐために張ってあるセルロイド状の板)を探し回った。あいにく地方都市にはなく、東京で買い求めた。しかし我が愛器にピッタリのものはなく一枚の下敷きにノリ紙が付いたようなものを買い求めた。あいにくギターは五所川原に送ってしまい手元になかったので現地で切り出し、取り付けようと決めていた。
ただいま完了也。秋田県鷹ノ巣のホテルの一室で、フロントで借りた鋏で前のものと同じ形に切り出した。これで長年の懸案事項が終了した。このピックガードの形にも好き嫌いがあるだろう。僕は好きである。これを考えたデザイナーに拍手である。
こうして北秋田の5月、ホテルの一室で修復、完成されたB-25。長いつきあいがまたまた始まる。このギブソンB-25の新しい歴史が始まった。
ただいまテリーズテリーカジュアルを打ち合わせ中。今に世界でただ一つの名器が誕生すると明記しておく。
ギターを弾いていると幸せでござる。
(山木康世)