となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

両者の言い草

2010年08月30日 | カテゴリー: ミュージック・コラム 

ご主人様「そりゃびっくりしたよ。ワシがちょっと考え込んで用を足していたら、視界の片隅になんか違和感を感じたんじゃ。よく見ると真っ黒い親指ほどのモノがこっちを伺っているようだった。一瞬凍り付き、まずこの狭い空間から早く出ようと思った。それと同時に早く奴が遠くへ行かぬ前に強力殺虫剤で一吹き。近くの100円ショップでホイホイを買ってこようと思った。一匹出てきたら100匹いるというからクワバラ、クワバラ。そんなことを考えて見ていたら奴は段ボールと段ボールの隙間にゆっくり逃げ隠れてしまった」

黒い奴「俺だってびっくりしたよ。あんまり暑いんで物音もしないからすっかり留守と決め込んで便器の水をいただこうと考えていた矢先、いきなり音と共に急ぎの用事のように入ってきた。俺も固まってしまってしばし様子をうかがっていたというわけさ。俺たちにとっても水がなくてはいけてゆけない。あの絶壁のようにそそり立った便器までよじ登って、壁を落下しないように這い降りなければならない。時間がかかるってもんだ」

ご主人様「それからワシは用もそこそこに早めに済ませ、強力殺虫剤を見つけて戻ろうとしたら、あいにく電話があったんじゃ。仕方がないから電話に出るとどうでも良いような電話が。長いもんですっかり奴のことは忘れてしまった。テレビを見ていて殺虫剤のCMが流れて思い出したんじゃ。恐る恐る音を立てないようにドアを開けると、奴も前のヒゲをピンとおったてて忍び足のような感じでちょうど隙間から出てくるところ。俺は急いで殺虫剤を噴霧、必要以上に奴をめがけて噴霧した。部屋は霧状の殺虫剤で充満した。俺は息を殺して、さらに追い打ちと隙間めがけて噴霧した。これで少しは安心した。しばらくは出てこないだろう、もしくはかなり弱って仲間に肩でも担がれて助けられて逃げ帰ったことだろう。そのうちにハウスを買ってこよう、と思ったのさ」

黒い奴「俺は隙間で音を立てないようにじっとしていた。奴は出て行ったようだ。きっと戻ってきて殺虫剤でも降りかけることだろう。いないうちにもう一度水を飲みにチャレンジだ。運が良ければあきらめて外出でもするだろう。そうなればゆっくりと渇いたのどに潤いを。そしたらいきなり物音も立てずに、プシューっと来たから、またまた隙間に逃げ戻った。しつこいったらありゃない。何度も何度も親の敵を討つかのように大量にかけやがる。自分だって身体に良くないと思ったよ。しかし人間って奴は油断も隙もありゃしない。こっちの裏をかくようにやってくる。俺たちの方が地球上で何倍も多くの時間生きて君臨しているのに、やりたい放題だ。しばらくは体勢を立て直して時間を見て出てこよう」

ご主人様「それから俺は店に行って2箱ほど買ってきた。合計4つの新設計ハウスを組み立てて壁の隙間にまるで長屋のように並べ設置した。奴はそのうち隙を見てやってくるだろう。しかし何とも良い臭いがしてくる。その臭いの元へ足を踏み入れたら最後、あららのら足がくっついてイヤーァン、何とかしてとなる。一軒目を何とか切り抜けたとする。またもやおいしい臭いの部屋が。またまた足を取られる。まさか4軒を無事すり抜けられる凄腕はいないだろう。間違えないようにセットしてと、ありゃ手にくっついた、かなり強力だね」

黒い奴「暗がりで聞き耳を立てていたら、やってきてなんかしていった。帰った後室内には何とも良い臭いがしてきた。腹も空いていたので出かけてみたら見事なお家が4軒も並んでいるではないか。そっと伺って見たら、おいしい主はここからだった。ゆっくりゆっくり部屋に入ったんだ、そしたらこれだべさ、ネバネバ、イヤーァンとなって立ち往生。仲間に応援を頼んだが未だ救出部隊は到着せず、その間にご主人様は何回か用を足しに来たが、中をのぞこうともしていない。きっと恐ろしいんだな」

やがて秋が来た。黒い奴は食い物、水、救援もむなしくご臨終。平成22年に死んだが未だ生きていて120歳という生存記録がゴキブリ区役所には保管されていて最長寿である。
時は平成23年121歳の誕生日を迎えようとしていた。ご主人様は61歳になった。
(山木康世)