となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

どこで拾われました?

2010年09月03日 | カテゴリー: ミュージック・コラム 

「どこで拾われました?」
駅員は黄土色の財布を受け取り尋ねてきた。札入れのような縦長の財布だ。
どこと言われても、電車の中なので移動している場所をどう説明したら良いか一瞬考えた、
「僕は『新井薬師』で乗って、気づいたら向かいの座席に放置してあったので『下落合』あたりでしょうか。」
これが一番近い答えのような気がして答えた。
「分かりました、1番ホームに今入った電車ですね。」

今日も東京は猛暑。ホームで各停新宿駅行きを待っていた。日陰を探して電車を待つ。たった今急行が勢い良く通り過ぎたので、もうじき普通電車は来る。肌がジリジリと焼かれている感じだ。まぁ夏は思いっきり暑いほうが夏らしくて良いのかもしれない、それにしても今年の記録ずくめの猛暑は異常といえるだろう。

悠悠空いている電車に乗り込んだ。涼しいー!あいにく日差し側の座席に座る。みんな隣の人と、ひとつずつ開けて座っている。寝ているか、携帯画面に目をやっているか、何もしないで風景を見ている人を見つけるのは近頃難しい。昔は本を読んでいたが、今は本当に小さな画面に釘付けだ。まぁそのうちみんな飽きて本に戻るのだろうが今はものめずらしさと言うところか。

そんなことを思いながら自分も携帯端末画面を見ている。向かいには中年男性が盛んにメールを打っている。そのひとつ空けて座っているキャップを被った、少々服装の乱れた若い男性も携帯に釘付けだ。電車が停まって、その男性が降りたな、と目の片隅で認識した。そして良く見ると座っていたところに黄土色が放置してあるではないか。気が付いたときにはすでに時遅し、電車はドアを閉じて動き始めていた。躊躇しないですぐに声をあげて立ち上がり黄土色を拾い上げていたら間に合ったかもしれない、と思いながら隣の中年を見ると認識したのかしていないのか分からないほどまだメールに夢中だ。手を伸ばせば彼からは届く距離に黄土色はある。どうなることやら。誰かが次の駅で乗り込んできてそこに陣取ったら次の展開へと事は進むはずだ。しかし誰も乗り込んで来なくて、中年も「高田馬場」で画面を見ながらそのまま降りてしまった。

車内には数えるしか乗っていない。次は終着の『西武新宿駅』だ。僕はここで一番良い行動は何かと考え、まず席を移動、黄土色を確保した、しかしこれは届け出る行動の初めの段階であると誰に言うともなく心で唱えていた。決してポッケなど絶対にしない、神に誓って言う。こんなことで人生を棒に振るほど馬鹿ではない。しかし中身が気になるところだ。僕は流れる外の風景を見ていたが、何にも見えなかった。
きっと落とし主は今ごろなくした財布に気が付いて、尻のポケットから座席に滑り出てしまったんだ。困った、困った金はそれほど入ってないが、免許証やカードの類をこれからいちからやり直せっていうのかい。トホホ、泣くに泣けない昼下がり、きっと拾った主は良い人に違いない。きっと届けてくれているはずだ。駅員に早く知らせよう。もしも悪い人だったら…。

ドアが開くのももどかしく、急いで黄土色をしっかり右手に握りしめ小走りでホームを案内所へ。もしも僕の行動を誰かがしっかり見ていて、あいつは財布を拾ってそのまま小走りでホームを改札口に向かっている。これは一大事、声を発して事件を未然に防がなくては、とか、あり得ないが、さっきの男性が後ろから「スミマセーン、その財布僕の何ですが」とか、そんなことになったら自分の考えをどう説明したら皆が納得するか。こうなると本当に事はややこしくなる。世間でよく言われる冤罪というやつか。やだやだよしてくれよ、身に降りかかる火の粉は早く、未然に自ら解決しなくてはならない。僕は善人です、悪人ではありません、今、困っている人を助けようと急いでるところです。

こんなそんなが脳裏を交錯したが、ほどなく何事もなく駅案内所にたどり着いた。
自動ドアを開けて中に入ったときには本当に安堵していた。良いことをして、こんなに心臓の鼓動がときめいたのは初めてのことだ。
日常とは何とも、いつ何時何が起こるか分からない筋書きのないドラマであるなぁ。その積み重ねの連続がその人の人生であるということか。
落とした男性は今頃戻った財布を見ながら、拾って届けてくれた正直な善人が東京にもいることを思ってくれただろうか。携帯の画面ばかり気を取られていて、もっと取り返しのつかない不測の事態が起こるかもしれないから気をつけなよ。

「どこで拾われました?」

(山木康世)