となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

塩引きが食べたーい

2010年03月06日 | カテゴリー: ミュージック・コラム 

 朝の食卓に、額から汗が噴き出るような塩引き鮭が消えてしまったのはいつ頃なのだろう。アルミの弁当箱の鮭と言えば塩が吹き出したような、白っぽい鮭が普通だった。大きさは今の鮭の半分でおいしくご飯を食べられた。半ば塩で食っているような感じもあったか。

 お握りの鮭ももちろん塩引きだ。スキーに行って山頂で腰にくくられたお握りをほおばる昼飯時は最高である。お握りに巻かれた真っ黒な海苔も厚くてごつい海苔だった。それが白い飯を隠して爆弾のように巻かれていた。誠においしい塩引きと海苔のお握り。それに薄黄色の妙に甘くないタクアンがあれば、早起き朝からの疲れもいっぺんに吹き飛ぶというものだ。
 父もよく言っていた。「適度な塩分を取らなければ馬力が出ない。力仕事に力が入らない。健康志向が強すぎて病人食のような減塩食では仕事にならない」

 確かに近頃の食品は減塩である。病気予防のための減塩であるが、塩っぽくない漬け物はうまくない。水のような味噌汁も味気ない。醤油味の効かない寿司の味も半減する。まぁ素材を生かすために敢えて醤油は少なめにという言い方があるにはあるが。

 張り切って乗り込んできた車内で広げる駅弁も、病人食のように気の抜けた駅弁では逸る気持ちも萎えてしまう。うまい駅弁のひとつに塩分もあるというのが持論である。30品目を毎日摂ることが理想のようだが、つい食べたい好きなものに偏ってしまうのが常だ。

 おいしいものイコール好きなものという方程式の答えは幾つになっても変わらないだろう。僕には小さな頃、鮭がそのうちの一つだった。それも汗の噴き出るような塩引きだった。それが近頃トンと食っていない。妙に人工的に色づけしたような赤くて大きな高価な鮭の切り身は並んでいるが、買ってきて焼いてみてもうまくない。赤い汁が垂れていたり、口に入れても本当に脂がのった鮭など食っていない。それならばたまには塩で食っているような鮭を食わせてくださいと生産業者に、神様お願いーだ。

 卒業式で中学担任の最後の言葉。
「因数分解の答えは一つではないぞ。プラスとマイナスの二つの答えがあることを忘れるなよ」
国を挙げての健康、健康、身体の健康人は増えたが、心の病人が増えたようで年間3万人の自殺者の因数分解の答えを誰か教えてほしい。
(山木康世)