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陸蒸気

2010年04月01日 | カテゴリー: ミュージック・コラム 

うまい昼飯を食いに行こう。と言ってもなかなかうまいところが見あたらない。個人個人でうまいという定義はかなり変わってくるが口に合ううまい魚、値段と店の雰囲気などで決まってくる。
「陸蒸気」は「りくじょうき」ではなく「おかじょうき」と読む。明治の言葉で、陸に上がった蒸気船、つまり汽車ということだ。ということは船が汽車よりも先というわけだ。

中野に「陸蒸気」という飯処がある。夜は居酒屋になるのだが、昼は魚定食を食わせる。
ホッケ、カレイ、サケ、ブリカマ、アコウダイ、サンマなどを炭火で焼いて出す。この焼き方が良い。総勢30人は座れるグルリと囲んだカウンターの中央に焼き所がある。大きな長い炭が積み重なるように赤々と炊かれ、天井から吊された大きなフードに向かって時折火の粉が舞っている。串刺しされた魚群が灰に突き刺さって遠火でコンガリ焼かれている。あわや魚の切り身の森林火災。これまた30本以上が燃えさかる炭火を取り囲んでいる。

全身白衣のこの道一筋の焼き専門のじいさんが一人いる。軍手をはめた左手と素手で器用に林の向きをあちこち変えて焼き具合を見ている。良い感じで焼き上がってきたら、軍手の左手で串をひっこ抜きグサッと素手で魚を外し皿に盛る。回りには白衣の店員が4人ほど注文の魚を、米を、汁を、お茶をテーブルを囲んで腹を空かした待ちわび客に出す。少し前までよく通る甲高い声の威勢の良い兄さんがひとり居たが、今は見かけない。焼きじいさんが気が散っていやがったのか。本当にチョコマカチョコマカ走ってでもいるかのようによく動き声が良く響いた。店は少し静けさを取り戻した感じか。
「お待ちどうさま」、僕は目の前で焼き上がったカレイに食いつく。今まで全種類食したがここでの最高はカレイと決めている。少し甘めの醤油ダレのかかったカレイは絶品だ。

魚の食い方のうまい奴と下手な奴がいる。うまい奴は堅くて食えない背骨のみ残して後は一切胃の中へ。下手な奴はボロボロ身を、皮を残し、骨も食えないと決めてかかって残している。おまけにカウンターの上にまでこぼして帰る。小骨はかなり食えるのにもったいない。食えない骨に付着しているうまいものもしゃぶり食うべし。実は背骨の中の液がうまかったりする。チューチューと吸ってみるべし。見事食い終わった皿には背骨一本残すのみ。米、汁はお代わり自由だが一杯と決めている。あくまでも魚を食いに来ているのだ。忘れていた、客席後方の一角に大皿に盛られた漬け物が2種あり小皿に取り放題、食い放題なのだ。これも漬け物好きとしては決め手の一つになった。

店内には日本民謡が良い感じで流れている。訳の分からない気の散るBGMが多い昨今、実に炭火焼き魚を食うにはピッタシなのだ。流行のジャズなどで焼き魚が食えるかってモンだ。ヒップホップなど明後日、首を洗って出直せだ。
♪金比羅船船追い手に帆かけてシュラシュッシュシュー♪のこの歌がかかっていて聴き入ったことがある。メロディに不明な部分があったが事の真偽をここで確かめたのだ。
昼時の11時半から1時まで腹を空かしたサラリーマンがまたぞろ駆けつけて来るので、「陸蒸気」は直ぐに満席になる。半地下に降りる感じで少々薄暗い店内はうまいものが少ない中野には珍しく食いに行きたくなる良い店だ。
大枚1枚で100円の釣りは果たしてお口と懐に合うかどうか別れるところだろう。

もう少し遅いフライトだったらここで昼飯を食うという手もあったが、今日は昼前の福岡行き、残念持ち越し。到着次第、小倉フォークビレッジを目指す。雨らしいが久しぶりの九州を急襲、心のハリを吸収しに出かけるべく朝の準備中也
(山木康世)