となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

名古屋源後始末記

2010年05月02日 | カテゴリー: ミュージック・コラム 

「山木さんと同学年ですね、私はうさぎですが還暦ですね」
「そうですか、全然実感が湧きませんが還暦ですね。昔の人もこんな感じだったんですかね。今は健康状態も良いし、戦争もないし、やはり若いですね。ご隠居さんなどというイメージはないですもんね」
源さんはその昔、名古屋今池のライブハウスに出入りしていたそうで10年前に、この店をオープン、夢を開花させたとのこと。
明らかに民家である。靴を脱いでスリッパで上がって行く。壁にはニセコ在住の画家の絵が数点飾られている。来店した知り合いのミュージシャンの写真が10年の月日の長さを物語っている。
黙っていても時間はどんどん過ぎて行く。こんな話がある。
大の本好きな男がいた。彼は若い頃、働いてお金を稼いで、その金で本を買い込んでおこう。今は読む時間がないが、退職して時間ができたら本棚の本を思う存分読みふけろう。
やがて月日はたっぷりと経って数万点に及ぶ本が、見事に本棚に収まった。彼は読みたかった大長編名作を読もうと暖炉の火のもと、本を広げた。しかし字がかすんで読めない。なんと言うことだ、若い頃なんとも思わなかった小さな活字が読めなくなっていた。ルーペで何とか読めるには読めたが全然集中力が続かず内容が頭に入ってこなかった。彼は泣きたい気持ちだった。何のために若い頃寝る暇を惜しんであれほど働きに働いたのだ。こんな月日の変化を想像もしていなかった。お金をほとんど本につぎ込んで第二の人生をゆっくりと楽しもうと思っていた矢先、こんなことになろうとは。
本棚には寂しく新品のままの手つかずの汚れていない本の背表紙がピカピカに輝いていた。そして彼は考えた。このままでは自分の人生は絵に描いた餅のようなものだ。何とかしよう。
数日後彼は近所の子供たちに解放して私設図書館を開いた。新聞ではローカルニュースとしても取り上げられるほどのちょっとした話題になった。
次から次へと新刊本が出てくる。もう彼は本を買いあさる金も気力もなくなっていた。彼の本好きの夢はこして幕を閉じてしまった。
有限の人生を歩いているのだ。くれぐれもあれをやっておけば良かった、これをしておけば良かったと後悔のない人生を送りたいものだ。源さん、今度は客席でどうぞお客さんと一緒になって楽しんでください。せっかく作ったすばらしい音楽の広間でくつろいで、みんなと一緒になって楽しみましょう。余計なことを言ったかな。
(山木康世)