東京都渋谷区表参道アンカフェで善いお客の乗り合いバスの良い一日
2026年02月11日 | カテゴリー: 山木康世
実に此処を訪れるのは30年は経っているだろう。あの頃は「こどもの城」と言う名前で脳味噌に刻まれている。となりの国連大学の建物も記憶に残っていて、徐々によみがえってきた。
上京当時原宿、表参道はある種の特別区のような感じがして、休みの日には度々訪れていた。竹下通りなども懐かしい響きで、この通りの2階の店でBibsonB25と巡り逢ってもいる。
ひょんなことで階段を駆け上がってドアの向こうに並んでいた1台のギター。当時はまだ「ふきのとう」現役だった。中野へ帰る車の後部座席に置かれた黒いギターケースが、後に一人になって全国各地を駆けずり回った人生の伴侶とも呼べる表現者の相棒になってくれたのである。相性という言葉がピッタリする「持ち物」を手に入れた街なのである。今回も「心の半鐘」を打ち鳴らし、75歳の道連れを大いに助けてくれた。
今回はオールリクエストで構成された「大江戸漫遊美食会」パテシェの細川氏が居て実現の運びとなった。僕の中では世間一般でよく言われるディナーライブとは一線を画していた。同郷のよしみ、ギター愛好者、理解者、後輩、気の置けない、大げさに言えば僕がここに居るアリバイを形作っている人の一人でもあるわけだ。
人が毎日生きていく上で実に重要なる動機の人や物は目に見えにくいが、見えにくいが故に大きさや深さ、重さなどは大事、優先順位であると常々思って生きてきた。KJ:0202数やランキングなどは結果として自ずから生ずるモノで、何も目先の猫だ過ぎ去って行く。人はそこで子供を作って、孫を作って貰い自分の顔を鏡で確かめて納得して歩んで行くのだろう。
太古や昔の人間は鏡などなかったので自分を見る術がなかった。水に映ったり何かのきっかけで自分を顔というモノを見て驚き興味深かったことだろう。この世で一番近い自分と言うものを見ることは希であった僕らのご先祖様たち。今ではAIなどが目の前に顔を見せてくれて夢か誠か騙されもする時代にもなった。
生きるとは息るでもある。無意識に死ぬまで吐く息は、活き、生きなのである。そして発せられる言葉が微妙な両者の接近、相づち、ブーイングなどを生み出す。
相手に対して美味しいモノを食べて頂く。簡単そうで難しい。ムズいなどは使いたくない言葉ではある。美味しいモノへの探求心のある人は信用できる人と思って生きていって大丈夫だろう。
今日はお日柄も好く良い一日だった。善い人たちとの乗り合いバスは本当に心地よき一日だ。皆さんにとって如何でしたか。病は気からは本当なのです。総じてヤマキなのです。ご一緒できてありがとうございました。
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