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練馬区江古田マーキーの大事な一日を建国記念の日に報告す

2026年02月12日 | カテゴリー: 山木康世 

予報されていた雨はすでに東の空に去ったよう。一日強い雨と風の日を予想していた。傘もいらないほど希望の朝が始まった。
いつもの駐車場も「満」を覚悟していたが、まるで無し「空」これも昼から縁起が良いや。何せ今日は古株の2人とのセッションの日である。遥か昔、若き日に全国を駆け巡った元バッキングメンバー。2人とも、いや3人ともいつの間にか70をすでに超えている。それにしても元気な3人、胸に去来するのは80年代前後の日本、いろいろな改革が始まっていた。今の時代とは問題にならないほどの大きなうねりがあった。後にやってくるバブル期の到来。誰一人携帯電話など持っていなかった。外で連絡を取るときは街のあちこちに並んでいた電話ボックスを利用。相手との連絡を密にしていた。しかし外から急に用事のあることなど稀であったような気がする。家の固定電話が外との重要な窓口である。頭の中には数人の電話番号が記憶されていて、空でダイアルを回したものだ。携帯電話は夢の世界である。
スティーブ・ジョブズがiPhoneの発表を世界的にしてから我等の生活や、人とのつながりが微妙に変化していった。高額だった電話の世界が身近になり必需品となる。「ふきのとう」もいつしか解散。待望の一人の音楽活動が始まって既に33年。
松本亮・角田順とは70年代後半の「ふきのとう」活躍期の重要なメンバーだった。何かと気が合って全国を面白おかしく駆け巡った音楽仲間である。ずっと疎遠だったがここにきて江古田マーキーでそろい踏みと相成った。きっかけは順との新年会。是非今度のマーキーに参加、音を重ねて遊んでみたいと言う。亮とはソロになりたての頃に太鼓や銅鑼を叩いてもらってお世話になった。そんなこんなでマーキーに磁石のように吸い寄せられてこの日の演奏会となった。
歳をいってからの音出しには興味がある。彼らも現役で音楽人生を歩んできたわけであるから、若かりし頃の音とは大分違う心意気で音楽をすることだろう。昔とは違ったセッションが醸し出されていたはずだ。後はお客さんの反応を待つことにしよう。我らは大いに楽しみ遊んだ。
とっぷりと日が暮れた一軒の居酒屋での同期会にも花が咲いて、いつもは滅多にない話で盛り上がった。もしかしたら全部神様のご用意された粋な計らい、充実の一日となった。みんなお客様のおかげでもある。いくら好きなこととはいえ誰もいないスタジオで遊べるほど音楽は水や空気とは違う。ある目的を持つことにより瑞々しく生の迫力となる。この励みが実は我らを前へ推し進めてくれるエネルギーなのである。生身の人間は伊達にいるわけではない。両者の心のキャッチボールによって成立する音楽という魔物。ビデオやユーチューブが普及しても生のステージには勝てない。そこには生身の人間の目には見えないエネルギーが充満しているからである。
大事な一日が終わった。二度とない一日が終わった。
再会を約束して別れとなった。まだ日中の穏やかさは残っていた中野の歓楽街の機嫌のいい夜だった。
先ずは元気でまた会おう!



打ち上げ後の3人。「次はいつ会う?」

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