2023年は確実に最高の年にする
2023年01月28日 | カテゴリー: 山木康世
2022年は期待予想に反して思ったほどの最良の年には至らなかった。最後の忘年懇親会で遙か暮れゆく遠く彼方オレンジ色の西の空に逆光の形で映し出された富士山のシルエットに来たる23年の予感を感じて「富士山と千歳鶴」を作って参加者とカンパーイした。
明けて占いによると最高の年になるという2023年、すでに四国ツアーでその兆しを感じて今に至っている。
1979年頃の「ふきのとう」ツアーは一番ノリの良いツアーだった。ふきのとう2人、ギター、ベース、ドラムス、キーボード、バイオリンメンバー全員が30歳になる前の頃だ。その半面僕は母の最悪の病を思って沈んだ毎日だった。その憂鬱な問題を解消して薄めてくれたメンバーだったような気がする。みんな良い男たちだった。音楽と酒とお○なをこよなく愛するメンバーたちだった。
その中に角田という米子出身のギタリストがいた。当時ジュンと呼んでいた。彼は後に長淵、千春のサポートメンバーとして全国を駆け巡るという人生を歩むのであるがその頃は知る由も術もない。その角田と中野駅前風の冷たい寒いベンチの前で再会した。人を介してではあるがフェイスブックつながりで再会した。
相変わらず気の良い顔良しの男だった。その夜はしこたまいいちこの夜だった。そしてなんちゃってノリで土曜の江古田マーキーでジョイントすることにした。
難しいことは無しにする。基本はふきのとう楽曲であろうが、二人とも昔の青年真っ只中心身ではない、おそらく今の古希を超えた二人の円熟味ムンムンの夜が待っていると想像しよう。何曲ジョイント出来るかやってみないと分からないが、分かってしまうと面白みが半減するので秘密である。彼には少しずつ教えて行こう。こちとら何せ29日の練馬ドルチェに向けて全身全霊、身の毛がよだっているので、ウソ中条きよし代議士、期待にむせんでいるので、嘘、中学生のような軽いフットワークで明日の遠足を待ち望んでいるような日々である。そして2月4日には角田ジュンとのジョイントに何をやろうか寒さの中目論んでいるもう寝なくちゃの朝のダイアリーである。
ちなみにもう寝なくちゃの話はジュンにはしていない。
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