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葛飾区鎌倉「空の杜」三寒四温

2026年02月16日 | カテゴリー: 山木康世 

三日寒くて四日暖かい。この1週間の 繰り返しで冬が終わって春がやってくる。元々はお隣の韓国や中国で使われていた言葉で日本でも使われるようになったという。
寒い日は天気が良くて、暖かい日は天気が悪い。どちらが良いか?と聞かれたらどっちが良い。やはり寒くてとんでもないも天気の良い日が良いか。しかし近頃滅法寒さには堪えることが多い。
窓の向こうに大きな鳥が3羽ほど松の木から瓦屋根に飛来する。ハーモニカの音が聞こえてるのだろうか。あれは確かムクドリか。
今日の庭は光り輝いている。風もない2月の東京、このまま春になってほしいもんだが、そうは問屋がおろさない。明日は真冬に逆戻りというから油断も隙もない。まぁジックリと春を待とう。
美原で3歳から9歳までの6年間冬を6回過ごしていた訳であるが寒くて寒くてという思い出がない。思い出すのは夜中中雪の降り続いた翌日の玄関から雪の階段を駆け上って地上に出た日。その前に朝起きて驚いた。よほど寒かったのだろう。顎に当たる布団の部分に雪のように白い霜が積もっていたことだ。それを面白おかしく指で引っ掻いて口に持っていったもんだ。自分の吐き出した息が白く布団にウッスラと積もっている。夜中中生きてた証拠だ。今だったら死んじゃう寒さだな。それから戦争のような慌ただしさだったろうな。まずはストーブにかじりついて、順番を待って便所へ。やがてお湯の立ち上る温かい朝飯を丸テーブルを囲んでガチャガチャ、しかしテレビもないので静かな朝食風景だったろう。毎日のことだが何を食べたのかの記憶は全く残っていない。物置の鶏の卵を毎日取りに行ったなぁ。今まで見た卵で3個黄身が最高だった。3つごの卵百まで。大事なタンパク源だ、今でも卵は大好きだ。そんなこんなで牛乳を受け取る一升瓶を片手に途中で畜舎に寄って真狩村字美原小学校へ。寒かったとは思うが子供は風の子、本当に凍え震えて困った記憶がない。平成15年美原小学校は50年の幕を下ろしました。振り返ると良いイベントを残せたもんだ。感謝の気持ちを皆でお祝いできたなんて。雪の中植えた山桜は花を咲かせる準備をしているだろうか。
先日の松組の声は僕の生きるハリであり希望であり思い出の代弁者だ。
♪流氷に輝く朝日 ピーンと張り詰めた空気の中 新しい朝が始まる 希望と夢の朝♪
今でも震えるほどの感動が胎内から湧き上がってきた朝の教室を思い出す。
良い歌を作らなくては、さぁ昼食をいただきに階段を降りてゆこう。

ロールカーテンを上げて庭園を眺めながらのライブ


ステージの背後は春爛漫です

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