さいたま浦和アトリエM
2024年01月29日 | カテゴリー: 山木康世
高速で1時間早く着いたのでロイヤルホストで時間をつぶそうと思いドアを開けると順番待ちの客が。駐車場に停めて近くのアウトレット館へ。マウスとキーボードを買う。よさげなキーボードだったがMac用キーボードだった。事務所に戻って気が付いた。充電の差し込み形状がライトニングというMac独自の形状。故に使用不可能。充電できなきゃただの箱。通電しなけりゃ無用の長物。今はtypeCが世界の基準。MacもtypeCになったとか。
パソコンはMacから入った。そのころの(1992年)のWindowsは使い方が難しかった。その点Macはアイコンをクリックするとソフトが立ち上が分かり易かった。WindowsがMacそっくりな画面になるのは95年、記念すべき1995年である。ちなみに僕がWindowsに切り替わるのは2000年である。8年Macの身だった。Macは好きだった。しかしMacはほかの電気メーカーに製造を許さない。方やWindowsはライセンス生産可能。日本の電気屋さんも次々とWindowsを生産していった。小型の持ち運び用ノートブックもたくさん製造され始めた。それでMacとおさらば。Macの独占的態度と独自性が鼻につき始めていたこともありさらばMac。
「アトリエM」には立ち寄った人の記す記念ノートが置いてある。その1ページ目は誰であろう僕である。2022年6月コロナに翻弄されていた世の中、立ち寄っていたのだ。今回は輝く太陽を背景に、また来ますと書き入れた。光陰矢の如し、月日は百代の過客也か。
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