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山形県山形市/山形 洗心庵 満席です!

2024年07月07日 | カテゴリー: 山木康世 

山形は第二の故郷。父方のお祖父さんお祖母さんが北海道へ海を渡ってやって来たのが明治35年。駒吉お祖父さんが、なんでも農学博士として北大へ招聘されたという話。僕はずっと明治政府の公募で札幌へ移ったものと思っていたが、どうやら違っていた。大した先生だったわけですな。北海道へ移ってからは、出張のたびに化石などを探して歩いていたそうだ。忠類川などはナウマンゾウの化石の宝庫。当時の北海道を妄想する。お祖父ちゃんも大学の仕事よりも、こっちの趣味の世界に夢中になったのではないだろうか。僕も大学を卒業後、考古学の世界に就職したいようなことを父に相談したことがあったが、父は化石などは昔を探求する世界よりも、未来に生きたほうが良いな、とやんわり言われた思い出がある。まさに父が生涯かけてダリアの新種を夢見た世界はお祖父ちゃんの夢とは違っていたのだな。
おかげさまで「洗心庵」は満席で、多くの人がご来場いただいた。実に僕の好みの会場である。庭の中央に広がるのんびりと鯉の泳ぐ池が街なかの喧騒を忘れさせる。臆病者のスズメが周りに十二分に気を配って時折池の隅で水浴をして、すぐに飛び立つ。スズメも暑いんだな。手入れの行き届いて日本庭園は「洗心庵」のシンボルだ。楽屋にあてがわれたお茶室には平安時代に発見された屋根瓦の飾りが置いてあった。2時間も開場までの時間一人の良い時間を過ごして臨んだ山形LIVE、満足の行く2時間だった。最後の「うやむや」の会場に響き渡った読経はお祖父ちゃんお祖母ちゃんに、そしてヤマガッチャンにも届いただろうか。
「有耶無耶の関」と命名した当時の名もなきお役人のセンスの素晴らしさに脱帽。
そこそこにうやむやに生きていなければ息が詰まって死んでしまう。
ナスの塩漬けは最高だった、ペースメーカーロバくん。マーチンOMは宝だよハッチ。血圧210超えは信じられんぜサトーくん、ツッチー本当にお疲れさんでした。
暑さの中、喜び多き彼方、喜多方へ行ってくるぜ。あばよ、みなさんありがとな。

コンサートでこれだけの大入りは「洗心庵」のギネス記録とか


地元の皆様をはじめ他府県からも大勢お越しいただきました