となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

名古屋ムジカはspiritを感じる日本で数少ないライブハウスであろう

2025年11月29日 | カテゴリー: 山木康世 

100年以上も前に海に投げられた瓶の中の手紙。戦地の兵士が書いたものである。
500年も前の戦国大名の書いた手紙も興味のある手紙であるが、名もなき兵士の手紙も実に興味深いものを感じる。どこかへ移動中だったのか、それとも戦闘中のわずかな自分の時間だったのか、何時どこで何を思い書かずにはいられなかった兵士のペンを持つ指先、傍らの銃、夜だったら空に瞬く無数の星空、彼の脳裏に父母や子供たち、妻への思いは今のメールなどでいつでも共有できる時代よりも、より強烈なものがあっただろう。明日にも死ぬであろう無情な戦地における一人の名もなき兵士の手紙は、宇宙の科学者の途方もない実態や恐竜の活躍よりもまざまざと想像というロマンを掻き立てる。いつの時代も犠牲になるのは名もなき兵士たちである。国防という美名のもとに集められた兵士たちは何を残したのだろう。本当に平和になったのか?今も続いている世界各地での殺し合い。殺し合いでしか平和は叶わないのか?我々人類の刹那を感じてしまい空しくなる。そんな中の瓶の手紙は僕に語り掛けてくる。
「ムジカ」はミュージックであろう。そして小冊子に大きく書かれた「spirits」精神、魂である。いつの時代も名もなき「spirits」は目に見えない糸で僕らをつないで「人間性」をつなぎとめている。便利でクオンティティ、数量の時代であるがクオリティは無視しがちであるが、品質、性質がより良き品柄、人柄を作り出し平和を世の中を実現するのである。1億回再生など何の意味もない。ただ当の本人を満足させる夜空の無数の星の数、波の押し寄せる浜辺の砂の数、「ムジカ」の言わんとしている「spirits」を大いに深く感じ入ろう。
また来年にでも立ち寄ろう。いつもはどんな若者たちが出入りしている楽屋なのだろうか。彼らのステージへの今日の思いは「瓶の中の手紙」と何も変わらないのである。今日は一人ひっそりとした楽屋である。
どうだっただろう?届いただろうか、50年に及ぶ音楽道の人柄を。
お忙しい中お集まりいただいた皆様、誠にありがとうございました。
楽屋に置かれた3個のミカンの味は身に染みるほど僕の隅々にまで届きわたり「じゃ、またね!」表に出て穏やかな名古屋の11月終わり、見上げるテレビ塔は燦然と輝いていて札幌の兄弟のようなテレビ塔を思い出した。マスターありがとう!

「ムジカ」は名古屋のテレビ塔近くにあります


LEⅮライトが場内をほのかに浮かび上がらせます


大きな拍手をありがとうございます

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