池袋ムーブメントスタジオの寒さはきつかったが見上げる上空にはうろこ雲が
2025年12月06日 | カテゴリー: 山木康世
穏やかすぎる小春日続きの11月が過ぎての冬本番、いきなり北風ピューピューの寒さである。自然は嘘をつかない。二十四節気で小雪(しょうせつ)そして七十二候では第六十候橘始黄(たちばなはじめてきなり)とある。橘とは古代の柑橘類の総称を言うとある。
名古屋、奈良、白浜では走り去る高速の向こう山々に橘が実っていたなぁ。さらに子どもたちの歌声ですっかり忘れていた季節の寒さ。街では緑に掛けられたイルミネーションの明かりで、クリスマスなんだなと一年の素早さとそこに留まっている自分に吐くため息で複雑な心境だった。毎年毎年募る月日の早さ、昔の人はよく言ったもんだ「光陰矢の如し」。
LIVELibraryYAMAKINGSONGSも本年百十回を超えた。実に3日に一回の割で音楽の日々を過ごした計算である。目的のはっきりした朝の目覚めは体全体にエンジンを掛け、あっという間の一日、一年であった。
昨日のビル群の地平線から上る鮮やかな大きい黄色のまん丸い月の明かりに思わず声を出してしまった。今年最後のスーパームーン満月寒月だもの素晴らしいの一言である。ぜひ橘に入れてほしいとも思った。
今日は十六夜(いざよい)ためらいがちに東の真っ黒な夜空から上ってくるだろうか。縁側でススキを愛でて、ウサギの付く餅にきな粉を付けてフーフー言いながら、徘徊するクマ騒動、米騒動の次にやってきた思わぬ事態だな、そして日中騒動、クマも眠っていられないと言うからクマったモンだベアー。
環境抜群の池袋駅前ムーブメントスタジオにおける駐車場探しで、しばし徘徊したが、最大2000円で停めることができて幸いだった。これで安い方だと言うんだから、コメの値段とガソリンの値段とで算段してみる。おそらく週末や休日祝日にはさらに混んでため息混じりの駐車場探しの荒んで寂しいしばしの気持ちを持て余すことだろう。
大都会の片隅で2時間超えの午後のひととき、如何だったでしょうか?なかなか人が集まっても温くならなかった会場で珍しく指が冷たく少々難儀した。机の前に並べられた20の子アヒルを一つづつ確認して歌の数の時間的推移を測った。3Dプリンター作と言うんだからおちおち本当に現代は眠っていられない。あっち向いたりこっち向いたりの子アヒルに少し心がほころんだ。来る日曜が終わって翌日8日は田端でバタバタ、見上げる月はすでに欠け始めているだろう。
1941年我が国は生き残りのためかパールハーバーに向かうため隠密で冬の嵐の中、千島単冠(ヒトカップ)湾に集結していた。父も母も知らなかったであろう国民不在の厳しい冬を思えば寒いなんて言ってられない。

大アヒル、中アヒル、小アヒルがわんさかのアヒル一家と一緒のステージ

久しぶりの歌がいっぱい

小学校の子供たちの歌声も聴いていただきました
愛知県新城市宮下珈琲店の日の偶然と必然
2025年12月03日 | カテゴリー: 山木康世
100mくらい先の向こうから「ヤマキさーん!」という黄色い声が小春日の下聞こえてくる。総勢20人ほどのチビッ子軍団の声である。アイドルにでもなったような75歳の木っ端恥ずかしさ。
ここは愛知県新城市、長篠の戦で織田、徳川が本陣を構えたという歴史的跡地に建つその名を「新城市立東郷西小学校」学校の歴史は120年というからオッたまげたもんである。故郷北海道は150年の歴史を迎えたばかりだというのに、本当に見上げたモンである。
今日は朝からH先生の発案によるYAMAKISONGSを子供たちが歌ってくれるという記念の日でもあった。
どんな歌が子供たちに届いているのか?50年かけて創ってきた歌のどの歌が果たして歌われるのか?
教室に入ると小学2年生たちのキラキラ笑顔がお待ちかね。大声援と拍手でお招きいただいた。紹介ののちH先生のギターが奏でられ壁に貼られた「新しい朝」「南風の頃」「ふる里に春が来た」「星の旅人」「別れのワルツ」が次々と披露された。子供たちの穢れなき健気な純な歌声に感動の嵐である。時間よ止まってくれと言いたくなるほど貴重な体験。先の歌たちの今の姿、未来の希望の姿があっという間に過ぎていく。
本当に歌は世代を超え時間を超えて良いモンである。言葉は何もいらない。多くの人にこの感動をお届けしたいが叶わない切なさも感じたりしながら学校訪問は終わってしまった。
宮下珈琲店は3度目である。2016年というから9年前の姿とサインが壁に貼られている。10年ひと昔と言う言葉があるが、考えてみたら昼間の子供たちが生まれた頃の話である。何とも不思議な感覚に捕らわれた2時間越えの珈琲店でのひと時だった。
今夜のliveで如何ほどの人の心に、昨日までなかったspiritが芽生えたことだろう。願わくば他者を思いやり優しい寄り添いの気持ちが少しでも芽生えてくれれば本望である。戦争やいさかいなどもってのほかである。
子供たちを始めとする校長先生、記者さん、H先生、宮下珈琲店さん、みなさんお忙しい中ありがとうございました。今日の日の偶然と必然を大いに感じ感謝します。またお会いしましょう。良い歌引っ提げて参上いたします。

新城市の小学校を訪ねました

2年生が学ぶ教室で花田先生と

小さなコーヒーショップで3度目のライブ

校長先生、地元紙の記者、花田先生と

子供たちと全員そろって記念撮影

びっくりするほど大きな声で歌ってくれました
和歌山県白浜町甲羅館何をか況や子アヒル軍団
2025年12月01日 | カテゴリー: 山木康世
僕の幸運は昭和という時代に生まれ育ったとにある。それも戦争が終わって、その後なかった時代に生まれた幸運さにある。
後なかった時代に生まれた幸運さにある。
昭和は64年続いた。ちなみに明治は45年、大正は15年、その間10年ごとに戦争が行われて、初戦は華々しい勝利に沸き立った日本。その前の江戸になると300年の平和を維持していたが、鎖国政策により外国との戦いはなし。その代わり国内でいくつ争いごとがあったのだろう。いわゆる天皇家の時代のくくりはめまぐるしいものがあった。一般の人々にはどれほど浸透していたのだろう。人の一生はその頃50年ほどだろうか。そして今はその倍の人生100年時代とも言われるほど長生きの時代になった。60歳以上の人の割合は3人に一人とも言われている。
銀行などに行って用紙に記入するとき和暦を求められたりして一瞬躊躇考えてしまったりする。今は果たして令和何年?昭和で言ったら何年だろう?みんな自分の年齢に則して計算する。しかし75年生きてきたら今は?こんな混乱いらない気がする
。余計な混乱なのである。僕はもっぱら西暦がシンプルと考えているが、時折和暦が顔を出す。和暦はロマン、西暦は実務とでも言えようか。
今の時代はAI,3Dプリンターなど人の想像を超えた時代である。
白浜の甲羅館で大量の子アヒルをいただいた。すべて短時間に制作されたものと仰ってた。見事な子アヒル軍団に驚きと感激、何かを予感させる子アヒルたち。
アヒルの卵を売って生計を立てていたという中国の「思い出通り雨」女性歌手。僕がずいぶん前に関越で見つけて、それ以来ステージで一緒している大アヒルは偶然の遭遇だったのか。そして2頭のトラも加わった。何気ないそっと置かれた置物は垣外心を快活にしてくれる。
中国のアジア局長のポケットに入れて日本のアジア局長と会談をしている姿が物議をかもした。そして翌日ネットにその当事者が、なんと全身花柄模の姿を垣間見た。しかし一瞬で消えてしまっていた。これは意図的に国に削除された画像なのであろうと思っていた。いずれにしろ立ち話的外交に戦争はない。女性は立ち話は男性より得意である。何よりも平和が一番。抑止力だとかそれが平和につながるとか言ってる時代ではない。一般人が犠牲になって平和などという言葉は生まれてこない。
慌ただしく忙しい時代求められるのは人の本当の豊かさ。タバコ産業のTVCMはいかに矛盾をはらんでいるかを制作者は感じていないのか。
みなさまありがとうございました。一日一日近頃の小春日のような心持で過ごしていけたら良いですね。

白浜温泉の中心部にある甲羅館

熱心に聴き入る皆様

オーナーの森田さんとステージで
奈良県奈良市奈良・ビバリーヒルズ月へ帰るトラの影
2025年11月30日 | カテゴリー: 山木康世
香港のタワマンの事件はどこにでも起きうる事件だと思い、現代の歯止めなき高層ビルへの警鐘のように見えてくる。
先日の大分の大火災や、世界各地から聞こえてくる森林火災、バッテリーの思わぬ発火事故。思わぬ時に我々を襲って取り返しのつかない火災事故。
それまでくすぶっていた日中の内政干渉発言問題などどこかの片隅に追いやられて、ニュースの温度差を感じてしまう。すべてメディアによって我々はニュースを瞬時に知る時代、そこへもってきてネットの大洪水。本当に怖い時代である。誰もが発信できるという民主主義の自由平等の精神に基づいてのこととは思うが、自分の身は自分で守れと改めて思う時代である。
香港のニュースで日本人のコンサートが中止になたっと知った。それもNHKは実名入りの報道をする。これで本人の名前は一段とアップして全国知れ渡ることになる。NHKは昔は一商品の名前などを紙などで隠して決して言わなかった。それほど全国津々浦に知れ渡る影響度を考慮していたのである。それがどうだろう、今では他の民放に後れを取るまいと、毎日毎日克明に報道される。聞きたくもない事柄も聞こえてくる。NHKは我々が納めている税金で半分成り立っている。そこで公共性が問われるわけである。
小春日のビバリーヒルズにおけるYAMAKING。正直半分煮え切らない出来だったなぁ。天気は文句のない天気だったが、胸弾んで臨んだ久しぶりのビバリーヒルズ。2時間という長丁場を一人でこなすには、それ相応の心の準備が必要である。特に冒頭出だしに何を持ってくるかで大きく変わってくる。反省その一、やはり冒頭は挨拶も兼ねているので、今現在一番歌いたい慣れているものを持ってくるべきである。ふきのとう時代もあまりステージで歌ったことのない「メリークリスマス」ハモニカキーを間違えて取り付けたようで何とも間抜けは演奏となった。これでは詩の内容を100パー以上伝えることはできない。おまけに歌詞を間違えるという無様な様。とんだ迷惑をおかけしたなぁと猛省。穴があったら入りたいの心境。もしくは夜陰に乗じてひっそり月に帰る一頭のトラの心境。あえて裏事情を記しておこう。
まだまだ言いたいことはあるが、抑えておこう。先ずはご参加の皆様、お忙しい中お寒い中誠にありがとうございました。
今日もホテルの窓から見渡す空は小春日。和歌山県白浜へお初の参上。張り切って行ってくる。

チューニングも万全、さあ始めるか

『山月記』さながらの月に吠える虎

今日のライブの成功を祈って小虎にあいさつ

「ビバリーヒルズ」オーナーの坂口さんと打ち上げ後の大当たりショット
名古屋ムジカはspiritを感じる日本で数少ないライブハウスであろう
2025年11月29日 | カテゴリー: 山木康世
100年以上も前に海に投げられた瓶の中の手紙。戦地の兵士が書いたものである。
500年も前の戦国大名の書いた手紙も興味のある手紙であるが、名もなき兵士の手紙も実に興味深いものを感じる。どこかへ移動中だったのか、それとも戦闘中のわずかな自分の時間だったのか、何時どこで何を思い書かずにはいられなかった兵士のペンを持つ指先、傍らの銃、夜だったら空に瞬く無数の星空、彼の脳裏に父母や子供たち、妻への思いは今のメールなどでいつでも共有できる時代よりも、より強烈なものがあっただろう。明日にも死ぬであろう無情な戦地における一人の名もなき兵士の手紙は、宇宙の科学者の途方もない実態や恐竜の活躍よりもまざまざと想像というロマンを掻き立てる。いつの時代も犠牲になるのは名もなき兵士たちである。国防という美名のもとに集められた兵士たちは何を残したのだろう。本当に平和になったのか?今も続いている世界各地での殺し合い。殺し合いでしか平和は叶わないのか?我々人類の刹那を感じてしまい空しくなる。そんな中の瓶の手紙は僕に語り掛けてくる。
「ムジカ」はミュージックであろう。そして小冊子に大きく書かれた「spirits」精神、魂である。いつの時代も名もなき「spirits」は目に見えない糸で僕らをつないで「人間性」をつなぎとめている。便利でクオンティティ、数量の時代であるがクオリティは無視しがちであるが、品質、性質がより良き品柄、人柄を作り出し平和を世の中を実現するのである。1億回再生など何の意味もない。ただ当の本人を満足させる夜空の無数の星の数、波の押し寄せる浜辺の砂の数、「ムジカ」の言わんとしている「spirits」を大いに深く感じ入ろう。
また来年にでも立ち寄ろう。いつもはどんな若者たちが出入りしている楽屋なのだろうか。彼らのステージへの今日の思いは「瓶の中の手紙」と何も変わらないのである。今日は一人ひっそりとした楽屋である。
どうだっただろう?届いただろうか、50年に及ぶ音楽道の人柄を。
お忙しい中お集まりいただいた皆様、誠にありがとうございました。
楽屋に置かれた3個のミカンの味は身に染みるほど僕の隅々にまで届きわたり「じゃ、またね!」表に出て穏やかな名古屋の11月終わり、見上げるテレビ塔は燦然と輝いていて札幌の兄弟のようなテレビ塔を思い出した。マスターありがとう!

「ムジカ」は名古屋のテレビ塔近くにあります

LEⅮライトが場内をほのかに浮かび上がらせます

大きな拍手をありがとうございます
横浜大倉山記念館ホール ~今日はYOKOHAMAまでみんなして小春日和 DAY-1&2~
2025年11月23日 | カテゴリー: 山木康世
何はともあれ天の神様に天晴ー。抜けるような青空で風も穏やか異国情緒ヨコハマ本当に小春日和。大倉山記念館も山の上でお待ちかね。
今日はリクエスト大会の日、万全の態勢でほぼお客様のお力で構成された大倉山。お隣の国の方もご来場、やる気が加速する。
「思い出通り雨」はどれほど進捗しているか。40年前に或る女性歌手の人生を決定づけた「思い出通り雨」もしもあの時彼女のニュースを知っていたら「ふきのとう」はアジアに進出していたな。しかしネットにおけるニュースで知った「思い出通り雨」の実態。そしてあれからずいぶんと時間が経って彼女の半生ドラマが作られて俄かに浮上してきた「思い出通り雨」通り雨は思い出にとどまらず更に、いろんな人の心の中でひそかに濡れそばっていた。良いニュースだ!
年末の訳の分からない紅白歌合戦。本来今年一年の良い歌、良い歌手の総仕上げであるはずだ。まるで他国の年末かと思わせるような多くが生きているコクミン無視の病である。コクミンで成り立っている放送局であるはずだ。子供だ、孫だからと言って黙っておれないこともある。「思い出通り雨」は暗鬱なニュースの中で光り輝いている「ふきのとう」の絶えざる目に見えぬパワーである。よく作ったモンである我ながら天晴、自画自賛。底力という言葉を横浜の小春日和に見た思いである。
横浜大倉山記念館ホール ~今日はYOKOHAMAまでみんなして小春日和 DAY-1&2~
つつがなく終了いたしました。新調したYAMAHAアンプも勢いに拍車をかけた。
だてには生きていないRAOJIN、ますます磨きをかけて、どす黒く渋く少年のように羽ばたく二日間、みなさまありがとうございました。AI、スマホを上手に程よく使いこなし現代の今を存分に楽しもう。

リクエストに応えようとリハーサルも念入りに

ン十年ぶりに歌う曲もありました

たくさんのお客様、ありがとうございます。
横浜大倉山記念館初日平和で希望のある明日を夢見て生きてゆこうぜ!
2025年11月22日 | カテゴリー: 山木康世
近頃二匹のトラを引き連れてのYAMAKING。その一匹が訳もなく途中でダウン、こけてしまう。これは由々しき事態なんとかせねば。
先日は旗の上から音もなく落下、床に倒れている。どうしたんだい?
大倉山ではYAMAKINGスタートでゴロリと床に寝てしまった。よく見たら先日の一頭だな。一番前のお客様が近寄ってきてくださり起こしてくれるが、すぐにダウン。顔を覗き込むと何か物申しているようにも見える。
ライブタイトル通りの小春日和、文句のない青空が横浜上空に広がる。ここは日本の夜明けを始めた長崎、神戸と並んで重要な街なのである。
3回目の大倉山記念館、100年が経っているという石造りの建物であるが、頑丈そのもの、今の超高層ビルが忘れている何かを静かに語り掛けてくる。
そこで50年の歌歌を披歴することは何とも良い感じなのである。
今日は二日目基本皆様のリクエストで構成する。
「思い出通り雨」これから中国のドラマで歌われる通り雨。この歌を歌って82年に大ヒットした女性歌手の物語と聞いた。
コロナが始まろうとしていた頃の不安な感じが漂っていた歌を最後に締めくくった。
雲が低くたれ込めた 東の空が
白白と徐々に変わって 夜が終わってゆく
やがて雲のすき間から 母なる太陽のコロナが
目に見えぬ恐怖が 世界中に広がった
音も立てずに忍び寄り 新宿の街にも
白いマスク面と向かって まともな暮らしができなくなった
眠れなくていつまでも ひとり起きていた
カーテンの隙間から 誰にもわからぬ行く末を
靴の紐を結びなおして 今日一日頑張り生き抜く
僕らは東の空を見つめて 夜明けを待っている
一つ一つ難問を乗り越えて月並みであるが希望のある明日、来年、将来を夢見る少年・少女のような心持で生きてゆこうぜみなさーん!

今日もギブソンが良く鳴ってます

「元気かい?」と幟の自分に声をかける

中華街の灯もまもなく消える23時
東京都国立市国立スペースコウヨウそれにしても暖かい11月中旬に考えたこと。
2025年11月17日 | カテゴリー: 山木康世
山のクマたちも春に備えて眠ってなんかいられないのだろう。山の奥から山里へ、そして人の住む山の麓まで降りてきて冷蔵庫を開けて美味しいモノを物色、ハンターに見つかってズドーンと一発、春の夢を見る前に天国の夢を見てる。だから言ったじゃないの、人間は恐ろしい動物なんだよ、用事がなけりゃ近寄っちゃいけないよ。子グマを連れてさっさと山の中へお帰り。
先日は400Kを超える超大型クマが現れ用意した300kの捕獲網を横倒しにして去って行ったという。ヒグマは北極に住むホッキョクグマに次いで大型のクマと言う。北海道にしか住んでいないヒグマ、本州四国はツキノワグマ。九州、沖縄にはクマ自体が住んでいないという。日本各地に5万頭が生息するというクマがこれほどニュースになるとは誰が想像しただろう。このニュースの原因になるのはやはり地球温暖化に依る異常気象は色々な植物の異変をもたらし、クマの食料だったドングリなどの木の実が不足してクマも必至なのだろうか。そう言えば人間も米騒動で揺れ動いたばかりである。それでも世界は主義や宗教の違いで争って血を流すのを止めようとしないほど愚かな動物なのであろうか。実にお笑いぐさである。
♪山親爺は枯れ葉をひとり敷き詰めベッドに入る♪
6階の2方向が見渡せるスペースコウヨウビルでのYMAKAKINGS、随分と回を重ねてきた。
前回は牛の化身の谷保神社にお邪魔して札幌、京都、東京のYAMAKINGS成功祈願をした。あの頃は、クマのニュースも今ほどではなかった。40度越えに迫る猛暑を過ごし終えてのクマ騒動。大きな地球、太陽系、銀河系、宇宙に住むかけがえのない生命の命の重さを火薬により奪っては如何にも儚すぎる。
国立のビルの一角から発せられた穏やかな癒やしの音楽のエネルギーよ宇宙に届け。あらゆる災いの種となる元凶を少しでも和らげることが出来たら今回のYAMAKINGSは大収穫とみる。全てあまねく宇宙のことを考え思い至るのは人間のちっぽけで偉大なる脳味噌の成せる技である。考えかた次第で良くも悪くも成る。ゲームのように再起動はあり得ない。かけがえのない命以上に大事なモノは無いはずである。クマも然りである。
台湾有事のことよりクマは街に現れて必至に我らに訴えかけているようにも見える。
話せば分かる、互いに理解しあって何よりも声なき声の声を聞く努力を忘れないようにしよう。
お忙しい中お集まりの皆様、誠にありがとうございました。
またお会いしましょう。
その前に今週末の横浜大倉山連チャンの日々、心よりお待ち申し上げております。2日目はリクエストを大いに取り上げます。健やかで元気な顔、心身でお会い致しましょう!

シングアウトも慣れてきました

「お越しいただきありがとうございます」
西新宿楽しそう初台「あんさんぶる音」は新宿区?渋谷区?
2025年11月14日 | カテゴリー: 山木康世
今まで初台は新宿区だとばかり思っていた。今朝調べたら渋谷区だったので少々驚いた。「あんさんぶる音」の住所は西新宿楽しそう初台となっていたので混乱していた。それにしても楽しそう初台とは粋な住所(ビル名)である。ここら辺は江戸時代からの大街道甲州街道が直ぐ横を走っている。街道の先は直に目の前新宿である。地図を見ると、丁度くさびのような感じで楽しそう初台は打ち込んでいる。しかし初台と言ったら渋谷区である。どうですか、僕の今朝の混乱、この楽しそう初台にあったのがお分かりいただけましたか。
「あんさんぶる音」近隣は住宅街で殊の外食堂が少ない。
11時から営業している一軒のと或る食堂は今日で2回目である。多くのサラリーマンで11時になると満席になる。今日も相席である。普通の中華なのであるが味がいけてて満席になる理由が分かるというもんだ。頼んだ焼き肉定食の豚肉の大きさと分厚さに戸惑った。どちらかというとトンカツならば話は異なるのであるが、焼き肉となると少し小ぶりな肉が好みである。しかしここの肉は見た目のごつさに比して柔らかく口中でうま味がにじみ出てきて印象が変わってくる。ステーキのような豚肉がやみつきになるかも知れない。巷では風邪やコロナが流行っていると言う。ビタミンBは皮膚の免疫力を高めてくれる。クスリのリスクを念じて是非食べ物でウイルス撃退、寒さと乾燥で病が好き好んで近寄ってきそうな季節、日々の丈夫な心身を心がけよう。
♪拝啓コンニチハ お元気ですか♪風も冷たくて吹き抜けて行くけど♪と自分に問いかけて「あんさんぶる音」は始めた。
そして♪懐かしいだろう 昔々のお前さ♪と締めくくった。2時間前に吟じた♪拝啓コンニチハのワンフレーズで幕を閉じた。気がつかなかったでしょうが、2時間の連続したドラマのような感じで構成したかった今日の「あんさんぶる音」
アンコールではクマ問題は地球温暖化ではあるが、ある意味身勝手な人類が招いた人災でもあるなぁと思ってしまった。生きていく上で食べなければ終わってしまう。クマも同じである。モグラも同じである。野生の生き物たちとの節操節度のある態度で共存を思い生きていきたい。将来もっともっと近くの市街区にクマが出没などという風景が当たり前になったら事は重大である。そうなる前にどうか穏便に収束、そして懸命なる対策を望むモノである。そんな思いを大いに感じながらの2時間越えの「あんさんぶる音」であった。
皆様北風ピューピュー晩秋午後の一時如何だったでしょうか?しかし暦の上では立冬であるが、暖かい。昔、花園神社の「酉の市」で飲んだ酒は美味かったがテントに吹き付ける風は本当に冷たく寒かったなぁ。見知らぬお客と相席して飲んだ、あの夜の熱燗は身にしみてホット一息ついたモンである。
紅葉の季節、明後日日曜は国立市スペースコウヨウでお待ち申し上げております。元気でお会いしましょう!

スタンドの仄明るさが心地よい

沖縄で買ったピックが使いやすいのさー

ライトアップされたあんさんぶる音の入り口
東京都新宿区BACK IN TOWN「風説二人旅」入口に立った日
2025年11月11日 | カテゴリー: 山木康世
「佐々木幸男・山木康世ジョイントコンサート」
何日振りか幸男に会うのは。今年は会っていないか?マネジャーの目黒氏に会うのは幾日ぶりか?BITオーナーの山田氏に会うのは何年振りか?BITを訪れるのは何年ぶりだろう?疎遠になっていたBIT。マネジャーの安井氏は寂しいことに、すでに他界。中野のソバ屋の近くでご夫婦にたまたま出会ったのが最後の日。大変気に入ってるお店で、月に1度二人で食べに来ると仰ってたな。
BITでは「春雷」「やさしさとして思い出として」でスタート。幸男のハスキーボイスが響き渡る。俺は18年昔取った杵柄か、自他ともに世界で一つの自画自賛ハモリが喜びの響きとなって場内に響き渡る。「ふきのとう」時代の輝きが渋くシルバー色に再現展開されているような喜びが響き渡る。これは一つの財産であるな、と思いつつ「旅鴉の唄」へ、これは今現在修練中のYAMAKINGS精神の方が上かなと思ったりする。
来年は幸男との共演回数を少し増やそう。俺が思う「ふきのとう」を言葉ではなく歌で再現、お披露目、そして自分並びに幸男への感謝を感じ幸男に大いに助けてもらおう。音楽は言葉では言い尽くせない偉大なるパワーを持っている。それを更に感じ入る来年にしてみよう。
昔の記憶にある出来事はただノスタルジーという言葉で済ますほど単純ではないし、断捨離などで済む問題でもない。生きている人間の醸し出す芸術である。それでなければ長く生きる意味がない。今回はその入り口に立ったような感じのBIT。乞うご期待!
この日のために用意していた「風説二人旅」は後日のために大事にしまっておこう。
「風説二人旅」
北国生まれのヤスとユキ
風雪交じりの茨の道を
若気の至り何が好きで
こんな齢まで血の池地獄
顔良し器量よし気っぷ歌良し
今が噂の風説二人旅
北国育ちのヤスとユキ
恋の甘いや酸っぱいを
スマホを片手にウェザーニュース
明日の天気を占って
顔良し器量よし気っぷ良し
今が噂の風説二人旅
皆様お忙しい中、誠にありがとうございました。

二人が醸し出す空気感に引き込まれた2時間

リハーサルで
