となりの電話 山木康世 オフィシャルサイト

醤油の町

2016年08月08日 | カテゴリー: 山木康世

野田に行かれたみなさん、如何だったろうか、野田に於けるライブは?
江戸時代のお殿様の口に醤油は如何様にお伺いを立てただろう。
一般庶民、長屋の人々の口に、果たしてどのくらい届いたのだろう。
高価なものでほとんどの人は口にできなかった貴重なものだったかもしれない。
縁の下の力持ち、味の横綱を張れる力の持ち主、醤油。今は酸化を防ぐために作られた容器のお陰でおいしさが長期間損なわれることなく我々の口に幸福を届けてくれる。
ビバ 醤油! ブラボー ノダなノダ!

リオで寝不足

2016年08月07日 | カテゴリー: 山木康世

リオが始まったのだ。地球の裏側では昼間なのだ。
明日は野田なのだ。早く寝なくてはと思うのだが面白いのだ。
今日から何日こんな日が続くのだ。
とりあえず昭和18年生まれのマーチンを磨いて弦を張り替えたのだ。
これから羊を数え始めるのだ。

電信柱の青大将

2016年08月06日 | カテゴリー: 山木康世

昭和20年人類史上初めての惨禍、極めて残酷な武器が使用された日である。
この日から戦争のやり方が変わった。相手だけではなく自分達も同じ運命をたどることに気づいて抑制、威圧だけのために世界の保有国は核の数を増やしていった。
しかし膨大な予算のためにやっていけなくなる。そして今は削減の方向へ向かっていると言う。人間は賢いのか馬鹿なのか分からなくなる。
放射能を好む細菌が発見されたと言う。なにか新しい時代が始まるのかもしれない。
あの日からもう71年なのか、まだ71年なのか。

気をしっかりもって、明日は醤油の町、野田で歌ってこよう。

電信柱の青大将はどこをソロリソロリ。

中牟田さんの「蝉」

2016年08月03日 | カテゴリー: 山木康世

「蝉」を作ったのは大学3年、42年ほど前か。
作ったきっかけはディランの「ニューモーニング」を聞いたときだったと記憶する。何がそうさせたのかは覚えていないが、最初のフレーズが浮かんだのを覚えている。
プロになって、同じ事務所だった「海援隊」中牟田さんが歌うと聞いて、飛び上がるほど喜んだのを思い出す。
中牟田さんは今闘病中と伺った。ご無沙汰している。
夜中、旅先の打ち上げの席から何度か電話が来たのを懐かしがる。
「元気?スケジュール見るけど、頑張ってるね、今度一緒にやりたいね、じゃまたね」
一つ年上の飾らない中牟田さんの「蝉」を思い出した。

蝉が鳴いてる

2016年08月01日 | カテゴリー: 山木康世

ミーン ミンミンミンミン ミーン これがミンミンゼミの基本のようだ。休憩前にはミンミンミンミンミンと5回やる。これが本当かどうかは自分で確かめてほしい。
ジーとリズムもなしに鳴き続けるのは、近所の電動ノコである。
蝉とノコの合奏は喧しいな。お互い商売なのであろうが、競い合ってほしくないと思う暑さである。
終戦と原爆と七夕のイメージを併せ持つ日本人の8月は一寸複雑な暑さがあるな。

« 前に戻る