帯広FMーJAGA
2017年05月06日 | カテゴリー: 山木康世
その昔の42年前デビュー当時、いずみやしげる氏らと帯広コンサートで(おそらく、その頃のエレックのミュージシャンとの共演で、新人顔見せと称して15分ほど歌わせてもらった時のことだと推測す)いずみや氏が「北海道出身のふきのとう、おまえら応援しろよ」と言って紹介したのを、当時中学生だった、現帯広FMーJAGAの梶山パーソナルが番組内で懐かしく話してくれた。肝心の僕はと言えばすっかり忘れ果てていて脳内のどこを探してもカスすら見つけられなかったのがとても残念無念。
お昼の生放送、良い一日の午後を迎えている。
こどもの日
2017年05月05日 | カテゴリー: 山木康世
昔は端午の節句、菖蒲の節句と呼ばれていたんだとさ。
男子の節句で尚武の精神の自覚を促す日。つまり軍事や武道の大切さを男子が考える日だったんだとさ。その結果戦争を起こしてしまいこの言葉自体をやめにしたんだな。なんでも行き過ぎはまずいが、なさ過ぎもまずい。
北朝鮮の映像を見る限り、今まさに勝負、尚武という感じだ。やはりこの精神が余り強すぎると奇妙な国に見えるが、一昔前の日本も同じだったんだな。
そしてなんとこの節句は聖武天皇の頃にはあったというから驚きだ。昔から、みんな言葉遊びの好きなオジサン、オバサンたちだったんだね、と菖蒲の湯につかる。
みどりの日
2017年05月04日 | カテゴリー: 山木康世
4月29日は昭和の日。昭和天皇誕生日だったな。日本中が休んで天皇にハッピーバースデーツーユー。今日はみどりの日。GWを連休にするために休日にした。
平成天皇の誕生日は12月23日、同じくこの日も祝日だ。
そこで考えてみた。このまま365人の天皇がこの先、生まれたら、日本は毎日お休みということになるな。
こんなこと考えるなんて、まぁなんて暇人なんでしょうね。
良い緑の連休を。
憲法記念日
2017年05月03日 | カテゴリー: 山木康世
何だかんだと言われようが、時間がいくら経とうが僕らが平和で暮らして来られたのはこの理想的、矛盾を孕んだ平和憲法のお陰であることに間違いはない。
日本国憲法の作成者は考えた。昨日の敵を許しはしたが、この敵がもっと強力な未来の敵の見方になっては困る。少しだけ戦力を持たそう。矛盾が露呈する前に世界は再度戦争を起こすだろう。そうしたらまた考え直しても良いだろう、見たまえ人類は戦争の歴史そのものだったのだ。
しかし72年もこの憲法のお陰で平和的に切り抜けてきた。
その憲法が危ぶまれる事態になりかねないほど風が強くなって波が高くなってきた。
見直す時期に来ているのかもしれない。しかし爆弾で解決するような生易しい戦争はもうなくなってしまったと深く胸に手を当てて考えてみる1日にしよう。
白黒とはっきり出来ないほど人間がやることは矛盾に満ち満ちているのかもしれない。
マーキー御礼
2017年05月01日 | カテゴリー: 山木康世
先日のマーキーご参加のみなさん、まことにありがとうございました。
諸事情によりハーモニカのないライブとなりました。いつも首からぶら下げて前奏、間奏、後奏でハーモニカ出番となるのですが、今回はすべてギターでこなしました。実にギターに集中できて、いつにない熱のこもったライブでした。
4時間近くのライブは大いなる発見と希望のライブとなりました。
どうぞGW楽しんで、つつがない連休であることを願っております。またお会いしましょう。
明日はマーキー鬼のライブライブラリー
2017年04月28日 | カテゴリー: 山木康世
誰が睡魔に襲われようが、誰が尿意を催しようが、誰が便意を覚えようが、誰が帰りの電車の時間を気にしようが、誰が夫婦の不仲を抱えようが一切お構いなし。
40曲一応用意した。後は緊張と集中、睡魔、尿意、便意、帰りの時間さえ克服すれば40曲も夢ではない。
みなさーん、元気でお会いしましょう!
美原地区春雷
2017年04月26日 | カテゴリー: 山木康世
札幌の支部長より、先日美原地区に風速50メートルの風が吹き、建物の屋根が吹き飛んだというニュースをテレビで放送していたと電話があった。
12年前に植えた山桜の安否が気になるところ。喜茂別特派員に調べてもらいたい。
ルスツリゾート山頂より眺めた美原は戸数が減っていて、寂しかった。本当に消えてしまわないよね。
なにか残しておきたいもんだ。
瓦版花鰹98号発送
2017年04月25日 | カテゴリー: 山木康世
瓦版花鰹発行から早25年、今季号で98号を数える。
ふきのとうを解散して翌年から始めた会員集め、会報作り。名称を「山木倶楽部」「瓦版花鰹」と決断したひとりの夜をよく覚えている。
当初は原稿を小型ワープロを持ち歩き、せっせせっせと書きためた。この時代はMacで仕事をしていた。
そのうちに小型パソコンを持ち歩いた。しかし2時間ほどでバッテリー切れ、あまり重宝しなかった。Windowsに切り替えたのは98年くらいだと思う。
2000年にはべいどんと知り合って、今までの制作会社を変えた。べいどんには何かと本当にお世話になった。元気でいるかな。
60号は94歳で他界した父の特集だった。
80号からは自分で製版をすることにした。これもチャレンジの一環であるが、いろいろと問題点が見つかりお客様には迷惑をかける結果となり恐縮している。しかし継続率がこの時点から100パーセントという現象が起こって感謝している。
そして来る10月には待望の100号だ。
その前の98号、もうすぐ届くよー、待っててねー。
川越あけぼのホールへ
2017年04月23日 | カテゴリー: 山木康世
いやはや水戸ペーパームーンはよかったっぺ。
とても音が良くて満足だったぺ。
納豆王様に呼ばれての音楽夜会は糸を引いてまだまだ余韻の中、利根川を越えてあけぼのホールへ行くっぺ。
晴れ男、未だ健在っぺ。
より良き一日を、楽しい日曜日を過ごして下さいっぺ。
水戸ペーパームーンへ
2017年04月22日 | カテゴリー: 山木康世
水戸ペーパームーンへ行ってくる
1970年代に観たアメリカ映画、ペーパームーンの内容はよく覚えていないが、テータム・オニールの愛らしさはよく覚えている。お父さんのライアン・オニールと共演、アカデミー賞の最年少受賞者ではなかったかと記憶している。
音楽のイッツオンリーペーパームーンをナットキングコールが歌っていたような。
そこでだな今日の会場へ、このジャズの王様、ナットキングコールが水戸へ水戸へおいでおいでと呼んでいる。なーんでだ?
さぁ行ってくるか。
